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#26
律が家に帰り着いてみると、玄関の沓脱場に男物の靴があった。
詩織のものだとすぐに察する。
まさか、また彼がいるのだろうか。…なぜ?
細い廊下を抜けてリビングのドアを開けると、冷房の涼やかな空気が体を包む。
「おかえり」
ソファに座ってノートパソコンを開いていた詩織が顔を上げた。
律は呆気にとられてその場に立ち尽くす。
「…なんでいるんですか?」
ただいま、より先にそんな言葉が口をつくくらい、彼が今日もこの家にいるということが驚きだった。
律の問いかけの意味が不可解なのか、彼は眉根を寄せて至極当然の答えを返す。
「ここが家だからだ」
「そうじゃなくて仕事は…」
「早く片付いたから直帰した」
「そう、ですか…」
“半月音沙汰が無いことが普通”の彼が昨日に引き続き、今日も家に帰ってくるとはまったく思っていなかった。
「これからお出かけですか?」
「いや、今日は何もない」
律は夕飯のことを思い浮かべ、気が重くなる。
何て間の悪い。彼が夕食を食べるなら、残り物でしのぐわけにはいかなくなる。
この間のような“野菜炒め風の何か”なんて料理は、積極的に他人に出す代物ではないだろう。
となると、これから買い物に行って…そこまで考えてため息をつきそうになる。
どう気持ちを鼓舞しても、作りたいという気にはなれない。
「三上さん、夕飯どうされます?」
わざわざこんなことを尋ねるなんて、本当に家政婦みたいだ。
しかし、聞かないわけにもいかない。
「外に食べに行くか」
その返事に律はほっと胸をなでおろす。
「そうですか。お気をつけて…」
すると、パソコンから顔を上げた彼が怪訝な顔をする。
「一緒にという意味だ」
「…私も、ですか?」
「何か予定が?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
言い淀むと、その先の理由を促すように詩織が首を傾げる。
「それじゃあ…あの、お言葉に甘えて」
困惑しながらも誘いを承諾すると、彼は安堵したような笑みを浮かべ、ノートパソコンを閉じた。
律としては夕飯を作らずに済むのなら、それ以上うれしいことはない。
「そうだ、三上さん。私、新しい仕事先が決まりました」
こんなこと、詩織にとってはまったくどうでもいい話だろうけど、途切れた会話をつなげるにはちょうどいい。
「どこに勤めるんだ?」
パソコンのケーブルをまとめながら、彼が聞き返す。
「久住百貨店に入ってる洋菓子のお店です。クノップっていう」
詩織は頷くと少し考え込むような顔をし、不意に律に尋ねた。
「りっちゃん、苦手な食べ物は?」
「?ないですけど…」
「店、俺が決めていいかな。お祝いしよう」
にっこりと笑うと、着替えてくると告げて詩織は二階へ上がっていった。
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