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#27
近所にいい店がある。そう言って詩織が連れて行ってくれたのは、家から歩いて15分ほどの距離にある、フレンチの小さな店だった。
白い外壁を、温かみのあるオレンジの光が照らす。
日本的な家屋が並ぶ通りの中でこの家だけ、まるでヨーロッパの町からそのまま運ばれてきたみたいだ。
時々ここで食事をするのだと詩織は言い添えながら、木製の戸を引く。
ドアベルが軽やかな音をたてると、すぐにウェイターに出迎えられた。
「お待ちしておりました。三上様」
詩織が名乗るまでもなく、ウェイターは彼に微笑みかける。
二言三言親し気に会話を交わす彼らを見守りつつ、律は店内を眺めた。
決して多くはない席数のほとんどは、食事を楽しむ客で埋まっている。
「あれぇ~三上さんっ!?」
奥のテーブルにいた若い女性が立ち上がり、手を振りながら詩織に近づいてきた。
少し幼さの残る顔に、つけまつげに縁どられた大きな目と、華奢で小柄な体型が相まって、小動物のようなかわいらしい印象を抱かせる。
モデルと言われれば信じてしまいそうなほど完璧な外見だ。
「え~すごい偶然~!今からごはんですか?もしよかったら相席どうですか~?」
彼が日頃付き合っている相手は、総じてこうした人種なのだろうか?
自分の生活とは全く違う詩織の日常を垣間見たような気がして、律は彼に初対面の時のような距離を再び感じた。
帰った方がいいのだろうか。
とっさに思いついた判断を口にすべきか迷いながら、律は詩織の様子を窺う。
まつげ女子の相手をする彼は笑みを浮かべているけれど、それはどこかぎこちなく見えた。
律はとっさに、その原因が自分にあるのではないかと感じた。
何の変哲もない安物の黒スーツとローヒールのパンプスを履いたパッとしない女と一緒にいるところを知り合いに見られて、彼は動揺してるんじゃ…?
そっと後ずさりして、律は詩織から距離を取る。
自分が一言、帰ると言えば、彼も安心するはず…
「どうですか?三上さん、私たちもさっき来たとこだから、まだまだこれからって感じなんでぜひご一緒にっ!ちょっと人数多いけど、つめれば全然大丈夫ですよ!」
まつげ女子が自分達の席を振り返ると、それに応えるように店内の一角の集団が彼を歓迎する素振りをみせる。
居心地の悪さが最高潮に達し、律は詩織に声をかけて店を出ることを決めた。
三上さん、私帰ります。その言葉が喉元まで出かかったその時、
「悪いけど、連れがいるんだ」
詩織の返答で、まつげ女子は初めて律の存在に気付いたらしい。
ボリュームたっぷりのつけまつげに縁どられた大きな目を、一瞬だけ律に向ける。
しかし、何の興味もなさそうに、すぐに詩織に向き直った。
「まだお仕事中ですか?三上さんも大変ですね~」
スーツ姿の律を仕事上の接待相手と思ったらしく、小首を傾げてかわいらしく労をねぎらう。
「いや、プライベートだ」
「え?」詩織の否定にまつげ女子は呆けた声を出し、改めて律を見つめてくる。
律は反射的に会釈するが、返ってきたのは品定めをするような露骨な視線だった。
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