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#28
一瞬で、けれどしっかりと律のことを頭から足元まで眺めると、まつげ女子は猫のような唇をきゅっと持ち上げて、近づいてくる。
「はじめまして、三上さんのお友達ですか~?」
キラキラした彼女に気圧されるように、律は後ろへ退いた。
射貫くような瞳を避けるように、伏し目がちになる。
相手は明らかに自分より年下なのに、こんなにも逃げ腰な自分が情けないとは思うけれど。
「いえ、その…知り合い、というか…」
律は、簡潔に彼との関係性を答えた。
彼のお姉さんと友人で…などと事実を説明すると、要らぬ邪推を呼びそうだ。
自分でもどう形容すべきかよく分からない詩織との関係性を、ぼかして答えてみたものの、まつげ女子はそんな曖昧な返答をやり過ごしてはくれない。さらに詰め寄ってくる。
「え~っ怪しい~!まさか彼女さんですか!?」
「ちっ!違いますっ!!」
動揺して、まつげ女子に負けないくらい大きな声を出してしまった。
店内の客が一斉に振り向く。律はいたたまれず俯いた。
もう…夕飯を食べに来ただけなのに何でこんなことに?
「…先に彼女を席に」
詩織が目配せすると、ウェイターが小さく頷いて律を誘導する。
誰にともなく会釈して、律はそそくさとその場を離れた。
「お席はこちらになります」
案内されるまま店内を奥に進んでいくと、個室に招かれた。
部屋の中央にはテーブルと、向かい合わせの椅子がニ脚ある。
そのうちの一脚に座るよう促され、律は戸惑いながらも椅子に腰を落ち着けた。
真っ白なテーブルクロスの上には、ナフキン、ナイフとフォーク、スプーンが並べられている。
つややかな輝きを放つ銀器を見つめて、律は表情を曇らせる。
何もかもが、自分が想像していた夕食とは違う。
ファミレスや居酒屋は?回転ずしとか定食屋とか、もっと気軽なものを想像していたのに。
詩織は"お祝い"と言っていたけれど、それはせいぜい安価な店でデザートがつくくらいのことだと思っていた。
所持金に不安を覚え、メニュー表を探してみるがテーブルにも室内にもそれらしいものは見当たらない。
あちこちに視線をさまよわせているうちに、詩織が入ってきた。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、悪い。まさか会社の人間に会うとは思ってなかった」
以前、一度だけ会社のイベントで会場に使っただけなのに。席に着きながら彼はこぼす。
「あの、三上さん。ご都合悪いようなら私、お暇するので…」
詩織がぎょっとしたように顔を上げた。
「帰るつもりなのか?」
「だって…三上さん、会社の方が…」
「君の就職祝いで来たのに、俺が会社の人間に乗り換えると?」
どういう発想だと彼は本気で訝し気な顔をする。
「君のために席を取って料理も頼んだ。なのに今ここで君に帰られたら、俺は立つ瀬がないんだが?」
どうやら彼は律を優先してくれるつもりのようだ。
その答えを聞いてほっとする。
「では…ご一緒させていただきます」
そう返事をすると、彼もやっと頬をゆるめる。
それはいつもの彼であり、律の見知った笑顔だ。
それでようやく律も、余計な邪推をすべて手放せた。
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