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#9
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翌朝、いつも通り6時半にベッドから抜け出すと、律は寝起きの自由奔放な髪を手ぐしでまとめた。
この家の食事当番を自認しているため、平日はいつもこれくらいに起きて、7時半過ぎに家を出る由紀奈に合わせて朝食を作る。
律がこの家の家事の一切を請け負うことを由紀奈は常々渋っているが、そうすることで律の方も自堕落な生活に陥らずに済んでいるのだ。
自室を出ると、リビングの生暖かい空気が体を包む。
夜間、人がいなくなる共用スペースはエアコンを切ってしまうため、日中の熱が壁から放射され、たまったままになる。
いつものように料理に取りかかる前に、共用スペースの蒸した空気を追い払うためエアコンをつける。
出勤前は特に汗をかきたくないという由紀奈の習慣だ。
空調を入れ、ついでにリビングのテレビをつけてからキッチンに入った。
真っ先にやかんに水を入れて火にかけると、冷蔵庫を覗き込んで朝食のメニューを決める。
といっても、二日に一回は卵料理だ。それが一番早くて簡単だから。
冷蔵庫の隅にコンビニの袋が置いてあった。昨日の夕飯前にはなかったものだ。
由紀奈か、彼女の弟である詩織のものだろう。
一瞬だけ気に留め、卵ケースを開ける。
そこからいつも通り二つ卵を取り出した時、はたと朝食の人数に迷いが生じた。
いつも通り二人分でいいのか、それとも…
詩織がまだ在宅してるか確認するために、玄関に向かおうとしたその時、
「おはよう、りっちゃん」
声をかけられ、どきりとして振り返る。
由紀奈と律の二人暮らしのこの家で、朝から男性の声を聞くのは初めてだ。
彼はTシャツにスウェットという部屋着だった。寝乱れた髪に、つい目がいく。
「おはようございます」
小さな声であいさつを返す。つい、いつもの調子でパジャマ代わりのTシャツとズボンで降りてきてしまったし、髪はおおざっぱに一つにまとめただけだ。
しかもまとめきれていない髪が、頬にかかるような雑な結びで。
あまりにもひどい恰好だろう。そう思ってしまうと、あまり彼と目を合わせたくない。
律は朝食作りに没頭しているようなふりをして、なるべく詩織の顔を見ないように(あるいは顔を見られずに済むように)深くうつむいて作業を進める。
彼は昨夜と同じように、躊躇することなくキッチンに入ってくると、冷蔵庫を開けた。
背中にひやりとした冷気を感じるのと同時に、真後ろに立つ彼の熱をほのかに感じる。
同時に、人工的な香料の香りがかすかに鼻孔をくすぐる。
決してキッチンが小さいわけではないけれど、大きなファミリータイプの冷蔵庫の周辺はどうしたって他の場所より狭くなる。
律は体が触れ合わないように作業台に自分の体を寄せて、できるだけ広いスペースを作った。
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