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#3
仕事を辞めてもうすぐ三週間になる。
前の家を引き払って由紀奈の家に越してくるまでは、やるべきことが山ほどあって忙しかったけれど、引っ越し作業があらかた済んでしまうと、とたんに時間を持て余すようになった。
転職活動以外にやるべきことはほとんど何もない。
律が毎日料理を請け負うのは、時間があり余っているという理由もあるからだ。
買い物から帰ると、自分の部屋と共用スペースの掃除を済ませた。
その後は、昼ごはんを適当に食べて、午後はたいていリビングでぼんやりとテレビを見るかスマホをするか、本を読んで過ごすくらいだ。
お金のことを考えると、外出して消費しようという考えは持てない。
そうやって何となく時間をつぶした後、由紀奈が帰ってくる頃に夕飯の支度にとりかかる。
それが、最近の律の一日の過ごし方になりつつある。
夕方のニュース番組がCMに入ったところで、スマホを開いた。
飯塚真。着信履歴を確認して、元恋人の名前を目に留める。
真からの電話はひと月前が最後だった。
彼が最後に送ってきたラインのメッセージを見返す。
“別れてほしい”
最後の言葉がそれだ。その言葉に対して何の返信もしないまま二人の関係はふつりと切れた。
考えまいとしても、日に一度はこうして途切れた関係のことを考えてしまう。
別れたくないというべきだったのだろうか?何度も頭に浮かんだ疑問がまた再燃する。
別れたくないという気持ちがあったのに、そう言えなかったことを後悔することもある。
だけど、望まれていないと分かってながら追いすがって彼をつなぎとめたところで、何もかも今まで通りにとはいかないだろう。
別れの言葉を考えているうちに日にちが経ち、なし崩し的に縁は切れた。
それなのに真の存在を削除せず、こうして時折、過去のやり取りを眺めてしまう。
傷をえぐる行為だと分かっていながら履歴を確認するのは、心のどこかで彼からの連絡を待っているせいかもしれない。
想いはふいに幻火のように現れ、消える。その繰り返しだった。
しかし、そんな律の心とは裏腹に、真からは新しい着信も受信もない。
ほのかな期待を裏切られたことから目をそむけるように、律はまたテレビに意識を向ける。
それでも、たいして面白くもない番組は意識を捉えてはくれず、律は漠然とこの先の自分の人生について考えてしまう。
仕事も恋人も失った。今の律の人生はまっさらだ。
どうしてこんなことになったんだろう。
別れてからずっとその問いかけを投げかけている。
いくら問いかけても無駄だと分かっていても。
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