金継ぎ茶碗
全1/1エピソード・完結
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もう亡くした恩師からいただいた、大事な茶碗を割ってしまった。 学生時代、学部は違えど何故か仲良くなり、そのままずるずると40代を過ぎてまで腐れ縁を続けていた友人に、なんとなく真っ先に相談した。 「きんつくろいというのは知ってるか」 文系の学部に入って博物館の学芸員を目指し、芸術を学んだはいいが、そのまま塑像やら宗教芸術やらに傾倒してしまい、そのへんの仏師に弟子入りしてしまった変わり者だった。 彼はあっという間に漆と小麦粉をまぜ接着剤にして、破片を繋ぎ合わせ、金粉を蒔いて、味のある茶碗に直してしまった。 「見事なもんだ。きれいだな」 「お前に褒められると嬉しいな」 ……だけど、欠けた部分は、はっきりと見えているし、割れた事実に変わりはない、と思った。 20年前のことを、思い出す。 「受け入れてくれなくていい。俺はお前のことが、好きなんだ」 あの頃は二人ともまだ若く、幼く、勢い任せだった。人生の半分も知りはしなかった。 どう反応していいかわからず、1年ほど彼から離れた。 友人として好きだった。尊敬もしていた。だけどその先を想像出来なかった。 彼を傷つけたくなかった。だけどどうしていいかわからず、答えを出すことを先延ばしにした。 迷って苦しんでいた私に、答えをくれたのが、ゼミの担当教授だった。理学部の古生生物学の教授で、新しい化石を発掘しては新聞に名前が載るような人だった。 「わからないことばかりだ。恐竜はもっとカラフルだとも言うし、宇宙の定義もいちいち変わる。明日新しい星が見つかるかもしれない。ダーウィンの進化論がひっくり返る日が来るかもしれない。天動説が地動説になったように」 最初は何を言っているのかわからなかった。 「今は、答えが出せずとも、いつか出せる日が来るかもしれないと、正直に話してみたらどうだい」 それじゃあ相手に悪い、生殺しではないですか、と聞いたが、それは話してみないとわからないと言われた。 結果、こうしてずるずる友人関係を数十年続けていた。 どれほどの傷を彼に与えただろうか。 それはこんな風に簡単に繋ぎ止められるものだろうか。 その傷はきっと消えはせず、こうして残り続けるのだろう。 『そんじゃあ気長に待つわ。まあでも、他にいいやついたらこっちが断るかもだけど、勘弁な』 ……そんなことを言いながら、見たところこの数十年、誰とも付き合ってもいないようだったけれど。 互いに齢を重ね、シミもシワも増えた顔を見合わせる。 こちらも、彼も、あれから何十年も、独り身のままで、もう答えは、とっくに出ていたのに。 「また変にぐるぐる考えてるな。こうしていられるだけで充分だよ、俺は」 「……だけど、傷は消えるものではないはずだろう」 傷は消えない。病は治っても手術跡は残るように。欠けた茶碗に、継ぎ目が残るように。 それなら、こんな風に美しく飾れたら。 「なあ、まだ、俺のこと、そういう対象として見てくれてる?」 ……遅すぎただろうか。だけど、全部、ここから始まる。 金で繕った茶碗を、並べて。白米を盛り付けて。 二人で食卓を囲んでみようか。
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