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「…なんだ。そんなことか」
「…貴方の魂が消えるのですよ?分かってますか?」
「ああ。十分に理解している」
俺の魂には記憶が蓄積されていると言われた通り、今この瞬間にも少しずつ記憶が戻っているのがわかる
途方もない輪廻の先に魂の消失があるとしても何も怖くなどなかった
「貴方は…強い。その身も心も。だからこそ私は貴方を見届けているのですから」
「そんなことはない…」
「いいえ…私はずっと見ていましたから」
…見ていたのか
「貴方は善にも悪にもなった。次の生が最後だからといっても、なにも変わらない」
「……」
「最後に貴方はなにを…望みますか?」
なにを……
その言葉は、まるで
「次の人生を選んでもいい、みたいじゃないか」
「そう言っているのです。あなたは十分に資格を満たしている…それこそ、今までやらなかったのが不思議なぐらいに」
アドルヴァが言っている通り、俺は自分の人生をここで決めたことがないんだろう
決めていたのなら、今までの人生は幾分かマシなものだったはずだ
友を持っても、家族を持っても、最後には全て消える
その度に何度も嘆いて、慟哭して、結局何も変わらなかったじゃないか
自分の望みは一体なんだった?
一緒に過ごせる人を見つけることか
誰かに頼られることか
英雄のように持て囃されることか
いいや、違う
そんなこと俺は望んでいなかった
「……なあ、なんでもいいのか?」
「ええ」
ほんの少し考えてから口を開く
「…俺は、なににも縛られることなく生きてみたい。血のつながりも、不必要な地位もなく自由に、精一杯最後まで」
思えば今までの生で一度でも満足して死ねたか?
否
ただの一度だってない
ドラマや漫画の中に、自分の身の回りにあふれていた穏やかな最後などどこにもなかった
地球の日本に生まれた一番新しい俺の世界のように平和であることすら稀だった
不運ではない、あれはきっと何かしら目に止まったんだろう
「目立ちたくはない。人の目にとまったって、名が売れたって…俺にとって何一つ幸運を運んで来ない」
そして…
「最後に死ぬのは自分の意思でありたい」
どうせなら、好きな場所で好きなものに囲まれながら死に行くことができたら
「…我儘か」
「いいえ……いいえ。わかりました。貴方の願いです、私が叶えないはずがない」
アドルヴァは机の引き出しを開けて中から薄紫の紙を取り出した
サラサラと羽ペンで書き連ねていく
全て書き終えたのか、羽ペンを置いて俺の方へと歩いてくるのを見つめる
「貴方の行く世界は、貴方以外にも転生者がいます。その世界しか条件を叶えられる世界がありませんでした…構いませんか?」
「構わない。というか、まさか全部」
「そのつもりですが?」
紙を俺の胸に押し付けるとすぅ…と中に吸い込まれるように入っていく
何か変わった感覚もないがアドルヴァの様子を見ると特に問題は無いようだ
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