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「これで準備は整いました。何か、今のうちに言いたいことはありますか?」
しばらく目閉じていた目を開くと、いつのまにか目の前に椅子を持ってきて座っているアドルヴァがいた
言いたいことは…そうだな…
「俺があんたの言う世界に行くともう、あんたに会えないんだよな?…じゃあ、俺の名前をつけてもらえるか?」
「私に…ですか?」
「ああ」
俺が聞くと少し驚いた顔をしてこちらを見た
なにに驚いているのかは分からないが…
目の前の男が神なのかそうでないのかは分からない
だがそれっぽい地位にはいるんだろう
そうでなければ願いを叶えるなんて言えないはずだ
「貴方が初めてですよ。そんなことを言ったのは」
「ふーん」
「ちなみにですけれど、なんで私に?」
「言ってただろ?ずっと見ていたって。そんなあんただから頼むんだ」
「はぁ、まあいいですけれど。…サウザンはどうですか?貴方の世界で千を意味する言葉です。千でもいいのですが、あちらの世界には漢字は珍しいですからね」
サウザン……サウザンか
悪くないかもしれない
「ん、それでいい」
「他にはもうないですね」
「ない」
俺の返事を聞いたアドルヴァは俺の前に立ち手をかざしてきた
「次に起きた時にはもう転生しているでしょう。貴方が最後まで自分の意思を貫いて生きることを願っていますよ。…良い人生を」
ゆっくりと襲いかかる眠気に抗うことなく落ちていく
最後に見えたのは、顔をしかめるアドルヴァだった
なんで、そんな顔をしている…?
崩れていく体に表情の意味を問うことはできずに俺は暗闇へと飲み込まれていったーーー
「いつまでそこにいるんですか」
「なんだよ、気づいてたのかよ」
「初めからいたでしょう、ハド」
後ろの角、何もないような場所からまるで透明になっていたかのようにぬるりと人が現れる
アドルヴァと同じ金と赤の髪を後ろに撫で付けニヤニヤしている男はスーツのポケットに手を突っ込みながら歩いてくる
「しっかしまあ、よくこれだけ長く生きてたよな。あの魂」
「本当に…」
あれは異常だった
生き方も、器の大きさも
自分たちに匹敵するほどの器を持つ魂が何度も転生するのを見てきたアドルヴァはそっと息を吐く
魂がここに来る前に幾度となく通った命の最後を思い出していた
「彼には、幸せになってもらいたいものです。一度でいいから、穏やかに生きてほしい」
「贔屓してんじゃねえか。気持ちは分からなくはないが」
「だって、仕方ないじゃないですか」
「彼、一度も体が持つ寿命を全うしたことがないんですから」
囁かれるような言葉は答えを期待することなく部屋に響いた
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