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手に持つ木剣を中段に構える
笑いながら楽しく打ち合っていた雰囲気は消えてピリピリとした闘気が肌を刺した
初めて目にした目の前の男の本気の威圧に少し、後ずさりしそうになるのを堪える
「…来い」
その言葉に弾かれたように剣を手に駆け出した
「っはあ!」
手に持っていた剣を振り上げる
隙なんてものはまだよくわからないが…しっかり相手の動きを見ながらどこを攻めればいいかを考えながら動いていく
真上から振り下ろした木剣は予想通りにシンザの剣に阻まれる
手に伝わる痺れ
弾かれた木剣をすぐに引いて右側からくるそれを剣の腹で支えるようにして受け止める、が
「っ……馬鹿、力め」
衝撃まで止めることができなく横に飛んで行く
すぐに態勢を立て直すと目の前には上から振り下ろそうとしているシンザの姿が見え慌てて横に転がるようにして避けた
考える余裕なんてものはすでにない
なんとか苦し紛れに斜め上へと剣を振り上げるもあまり安定とはいえない姿勢
木が立てる音とは思えない低い音がなったかと思うと、俺の手から遠くへと剣が離れていった
目の前にある大きな体…ギルド長だけあってやはり、とても強い
「……俺の負けだ」
「これで俺が負けたらギルド長のメンツが丸つぶれするからな!」
差し出された手を取って立ち上がると人好きのするいい笑顔で笑っていた
「何回か剣を交えている間に考え事をしていたようだが…最後には何も考えずに振っていたな」
「考えるような余裕がなかったんだ」
「そうだろうな。魔族だから強い…と言うイメージがありがちだが始めは全員一から始めるんだ。何事もな。
サウザン、お前が強さを求めるのならば経験が物を言う…目を養え、耳で聞け、肌で感じろ、ずっと考え続けろ!」
「…」
「あんまり人のこと言えねえけどな!俺は結構感覚でやってるから教えるのも上手くないしな!」
感覚でやっている人は自分のやっていることを教えるのが苦手だと聞くが
しかしシンザの言うことも正しい
俺には経験が圧倒的に足りない
騎士だった頃の記憶は情報としてはあるがそれだけだ
今の自分は平和だったあの世界にいた一人の人間でしかなかったのだから
(本や聞いたことだけで技術が身についたりすることはない。自分で経験しないとわからない…今のように)
「それはそうと、サウザンはこれからどうするんだ?」
「どう、とは」
「いやあ、一応今のランクアップ兼ねてるって言っただろう?俺の訓練が受けられるのはFランクまで…サウザンは十分にランクを上げるだけの実力はあるからな」
「依頼は終わりにしても大丈夫だ。俺としては別に、シンザが仕事の山に埋もれようと気にならないしな」
「さらっと真顔でひでぇこと言うなあ!ちくしょう、俺の息抜きが…」
「…この街を離れて旅に出る予定だ」
俺のちょっとした冗談に大きな口を開けて笑っていたシンザが微笑ましそうに見つめてくる
なんだが…むずかゆい
「いいんじゃねえの?俺も若い頃は国を跨いで歩き回ったもんだ!どうせならとことん楽しんでこいよ。たまにはここに顔だして欲しいけどな。なんてったってここはサウザンの故郷でもあるからな」
「故郷……そうか、ここが」
お互い何も言わずにギルドへと戻る中、自分が帰る場所ができたことにどうしようもなく嬉しくなっていた
自分の故郷などないと、あとは気ままに旅をするだけだと思っていたから
(俺はこの近くの森で生まれた。なら一番近いこの街が、俺の故郷になるのか……悪くない)
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