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佑の泣いている気持ちは痛いくらい分かった。
私も今の家に連れられて、間もない頃
夜中にしょっちゅう怖い夢を見て飛び起きていた。
特に雨の降る夜、
本当に独りぼっちになったような気がして
ずっと眠れなかった。
「お母さぁん…」実の母親のことを思い出して泣いた夜も沢山あった。
そんなとき、今の母親が
全面ガラス張りの窓に囲まれてたピアノ室で、雨だれのプレリュードを弾いてくれた。
「大丈夫…怖くないよ」
そういって、近くの椅子に私を座らせて
眠くなるまで子守唄のようにずっと弾き続けてくれた。
ほんとうは言われのない暴力や暴言に、なぜ耐えなければいけなかったのか。子ども心にも感じる理不尽さに納得出来るわけがなかった。
それくらい辛かったし、なぜ自分は捨てられなければならなかったのか、その理由を誰かに教えてもらいたかった。
雨の夜はそう言ったすべてのことを思い出してしまったけれど、そのとき弾いてくれた音色は何ものにも変え難かった。
それくらい音楽は、私たちの一部だったのだ。そして新しい母親と音楽はゆっくりとわたしの心を包んでくれた。
第二の母親の存在はとても暖かった。
だけど、その母親という支えを失いかけている佑の気持ちは…。
そう考えると胸がギュッと傷んだ。
佑の傷ついた心をすこしでも何とかしたいと思った。
そして項垂れる佑にむかって
「佑…おばさんもゆっくり寝てるだろうから大丈夫だよ。
このままじゃ、佑が壊れちゃう。
今日は取り敢えず私の家にくる?」と聞いた。
佑は静かに涙を拭いて頷いた。
雨の中、何年ぶりだろう
久しぶりに手を繋いで帰った。
一つの傘に一緒に入って、ゆっくり家へと向かった。
佑の手はとても暖かかった。
雨に濡れた街はどこか儚く頼りなくて、
雨粒はだけど確かにそこにあって
優しい音色も連れてきてくれていた。
家に戻ったとき、母はビックリしていたけれど、事情を説明すると
「それは…大変だったわね」と
優しく迎え入れてくれた。
「先ずは温かいお湯にでも浸かってらっしゃい」と
お風呂に通してくれた。
雨で身体が冷えていたのか、
湯船は本当に心地よかった。
佑と私がそれぞれお風呂から上がると
夜も遅いからね…と
野菜と鶏肉のリゾットを用意してくれていた。あとよく眠れるようにホットミルクも。
その夜は夢もみないくらい深く眠った。
佑と私は子どもの頃みたいにずっと手を繋いでいた。
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