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初めて佑…その名前を聞いたとき、まさかそんなこと有るはずないと思った。
だってもし、佑があの佑なら…
彼は今頃…
「…羽、美羽ったらっ!!!」
気づくと経済学をしていたはずの講義室内は閑散としていた。
どうやら考えごとをしているうちに、講義はとっくに終わっていたらしい。
タイムスリップしてしまったかのように、
慌てているわたしを朝紀が見つめ
「何かあったの?ぼーっとしてたけど…」と
心配そうに呟いていた。
「ごめん、ごめん何でもないの」
私の言葉がどうにも腑に落ちないようだったみたいだけど朝紀は、あまり深入りはしないでいてくれた。
良い友達だなぁと思った。
講義室を出て建物の外に出ると、春の風が吹いてきていた。
丘の上にある大学だからか、こうしてよく風が吹いてくる。
わたし達の通う大学の校舎はとにかく広い。
高校までの歩き慣れた校舎とは違って、迷ってしまいそうになるので、
私たちは予めつぎの授業の場所を確認しながらうごいていた。
AからGまである校舎は所々に点在していて端から端まで行くにはゆうに15分はかかる距離だ。この大学は白い石造りの校舎が並び、学内内は大きな街路樹の並木道がある。
銀杏並木がずっと続いてるので
秋になったらさぞかし綺麗だろうなと思う。
初めて体験する大学生活は心躍るものだったけれど、それと同時にどうしても私は彼を見つけなければいけなかった。
そうこれが私がこの大学に来たもう一つの理由…。雨だれのプレリュードの彼が、この校舎のどこかにいるからだった。
あれは高校2年の夏のことだった。
大学のオープンキャンパスが始まった頃
私はこの大学を友達と2人で訪ねていた。
公立高校出身だった私は、
初めて歩いた大学構内がまるで迷路のようで、高校とのスケールの違いに圧倒されていた。白い校舎と石畳の階段。
なかに入ると、夏なのにひんやりとした
空間が広がり、入り口ちかくの掲示板には学内のイベントや催物の告知がたくさん貼られていた。
「こんなところで勉強出来たらどんなにいいだろう…」
案内してくれる在校生の話しを聞きながら、私たちは期待に胸を膨らませた。
なかでも何より驚いたのは、学部数の多さだった。昔からあるこの大学では商学部、人間科学部、神学部そして音楽部と幅広く学科はあり、その中でも私は幼い頃からやっていたピアノを活かせるピアノ科コースに魅かれていた。
勿論、ひとクラス25名定員の狭き門をくぐることは並大抵のことではないと思っていた。
だけど、漠然といつか音楽に携われる仕事がなにか出来たら…そう思っていた私は、初めて見るホールや設備に驚きを隠せなかった。
どれくらい構内を回っただろうか
ちょうどその時、あのどしゃ降りの雨のなか聴いた「雨だれのプレリュード」が風に乗って響いてきた。
「どこで誰が弾いてるのだろう…」
無意識に口走ったひとり言を、その時案内してくれた上級生が
「あれは、吉良崎佑くんが弾いているピアノですよ。」と教えてくれた。
目を閉じても解る、あの時の音。
やっぱり佑はあの、たすくなんだ。
カーテンが揺れる恐らく音楽室から流れてくるピアノの音色を聞いた時から、私は
この学校を受験し、大学生活を此処で送ることにきめた。
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