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「それでは吉良崎美羽さん、演奏をお願いします」
天井の高いコンサートホールでピアノ曲を弾きだした。
ショパンの「雨だれのプレリュード」
わたし達の始まりはいつも雨だった。
ピアノを奏でながら、わたしは佑と初めて出会った日を思い出した。
痩せ細ったガリガリの男の子…それが佑だった。
その佑はいま、ナスカとしてまるであの地上絵のように大きく羽ばたき世界中を飛び廻っている。
わたしは音を奏でる喜びを佑から教わった。
雨がポツリぽつりと降り出し、それはやがて豪雨になる。
だけど、いつしか雨は必ずあがるのだ。
ポンとピアノの音色が鳴り響き、演奏が終わった。破れんばかりの握手が会場から聞こえてきた。
「まさか、美羽が学生結婚するとはねー、しかもあの佑先輩と!!」
演奏会を聴きに来てくれていた朝紀が、ため息を吐きながら話しかけてくれた。
「しかもさぁー佑先輩がナスカのボーカルなんて!!死ぬほど驚いたんだから!!!」
あれから暫く経ち、わたし達は自然と付き合うようになった。
そしてわたしが大学二回生のとき学生結婚をした。
「ごめんね、なんか言いだしにくくて…」
「…いいよ!美羽のことだから、また色々気を遣ってくれたんでしょ。
佑先輩のお母さんの事とかもあったしね」
佑のお母さんはあれから病状が悪くなり、寝たきりになってしまった。
そんなお母さんを少しでも安心させたくて、
わたし達は早く結婚した。
「けど、美羽もこれからはピアノの先生かぁ…。あれから美羽めちゃくちゃ頑張ったもんねぇ」
わたしは佑と一緒にいることで、音楽の儚さや楽しさを知り先生になることを選んだ。
「こうやってコンクールでも演奏してるわけだし楽団とか入ってプロにはならないの?」
朝紀はそう言ってくれたけれど…
「わたしね、やっぱりピアノの演奏の楽しさを皆んなに伝えたいんだぁ。音楽ってこんなに人の心を動かす素敵なものなんだよって伝えたいの!!」
「なるほどね…美羽らしいね」
そのときポツリぽつりと雨が降ってきた。
「あ、雨だ…」
始まりはいつも雨だった
春の風がゴゥっと吹いて、思わず目を閉じてしまう。
「美羽、ただいま」
目を開けた先にいたのは、
あの頃の小さな背丈の佑ではなく
いまを逞しく歩いている佑の姿だった。
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