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出会い
風が空を舞っている。
ゴオォと音がして手で抑えてないと髪がボサボサになるほどの、凄まじい風が正面から吹き付けてきた。
カンカンカン…と鳴り響いていた遮断機が上がり、踏切を渡ると日頃使っている地下鉄の入り口に着く。
桜の花びらがヒラヒラと舞う季節
いつもの慣れ親しんだ景色がそこにはあった。
いつもと何ら変わらない景色。
ただ今までと大きく違ったのは、
私の通う学校が変わったということだった。
これまでの着慣れた制服には別れを告げ、
この日のために用意していた真新しい服を来て学校へと向かっていた。
春休みにセールで買ったVネックの淡いピンク色のセーターに、シースルーのレースのついたオフホワイトのスカート。
背中には黒のリュックも背負ってみた。
平成がもうすぐ終わる。
元号が変わり、新しい時代に突入する。
気持ちも心機一転!
私の気持ちは高鳴っていた。
大学生になるからと今まで伸ばしていた髪を肩まで短く切り揃えて、淡い茶色にも染めてみた。せっかくだから…と少し緩めにかけたウェーブの髪が風に揺れている。
慣れないメイクも少しだけして、なんだか今までのじぶんが生まれ変わったみたいでどこか気恥ずかしくも嬉しかった。
その足で意気揚々「さぁ、電車に乗ろう」と小さく呟いて地下鉄の改札口に急いだ。
改札口を通り、いつものホームで
電車が来るのを待っていると向かいのホームにあの男の子がまた居た。
いつもなら、そこで目が合うのだけれど、
今日は私のイメージがいつもと違うからか
気づいてはもらえていないようだった。
そのひとの背格好は長身、細身で
いつもスキニーパンツを履いている。
この日は大きめのグレーのパーカーを着て、
その上に黒いリュックを背負っていた。
正直なところ
少しだけ、私は彼のことが気になっていたけれど、
名前も知らないその人に話しかけることが出来るわけでもなく、
いつものようにホームに到着した電車に彼は吸い込まれ、そして去って行った。
「美羽ー」
学校に着くと高校からのマブダチの朝紀が私の真正面から覆い被さるように話しかけてきた。
真っ赤に染められたショートヘアの髪が、わたしの顔にかかりくすぐったい。
4月ということもあり、
皆んな色めき立っていて
講義室もガヤガヤと音を立てていた。
それなのにいつもなら、誰よりも元気な朝紀がわたしに覆いかぶさってくるなんてただ事ではなかった。
「どうしたの?朝紀…
なんかいつもよりテンション低いじゃん」
そのくらい、朝紀はいつもより相当落ち込んで見えた。
すると朝紀はハァっとため息をつき
「どうしたも、こうしたもないよー。
実はナスカのライブチケット取れなかったんだよー」と言った。
ナスカというのは朝紀が熱狂的にハマっている4人組のアーティストのことだ。
ボーカルのkiraは、細身で長身で
ギュウィィンと奏でるエレキの演奏と、
重低音も難なく歌いこなすハースキーヴォイスが特徴だった。
…ただ、肝心の顔はメイクがガッツリ施されてて、原型を見ることは出来なかった。
ナスカをメタルとかハードロックっていう人も多いけど、実は違うんじゃないかって私は勝手に思っている。
何でかっていうと、
所々に散りばめられた歌詞や、音階が
実はクラシックの旋律だったりするから。
私もちょっと?音楽を齧ってたから何となく分かる。
実はナスカってすごい繊細なバンドなんじゃないかなぁ〜というのが、正直なところの感想だった。
朝紀は半分悔しそうに
「今回は無理だったけど、いい席ゲット出来たら、kiraの声に酔いしれてくる!!」
と話してくれた。
講義が始まると、今までの喧騒が嘘みたいに
シンと静まり返って、白髪の初老の先生が経済学を一生懸命教えてくれていた。
私が大学に来た理由は…
何となく音楽は好きだったし、ピアノはやってきていたけれど…特にこれという将来の夢を見出せなかったからだ。具体的に音楽でこれがしたいというものが見つからなかった。
高校卒業後、専門の学校に行く子もいたし
就職する子もいた。
少人数だけど、結婚する子も。
私はどれにもあてはまらず、
今風にいうなら、
モラトリアム真っ最中というやつで
何となく就職するくらいなら、大学に行きたいと思った。
勿論新生活は楽しみだったし…
あとは、もう一度彼に会いたいというのもあった。
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