1話 就活ごときで死んでたまるかよ

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1話 就活ごときで死んでたまるかよ

20××年、どこかで見たことあるような、日本のどこか。 AI、IOT、SNS、少子高齢化、超低金利、キャッシュレス、コンプライアンス、どんなに時代が進んでも、変わらないものがある。 それは、「労働」。 いつの時代も人間は、ピラミッドを作ったり、狩りをしてきた頃から、労働してきた。 AIやIOT技術により格段に仕事の質が飛躍したといっても、人間から労働を完全になくすことは、現段階では考えられないだろう。 労働による対価、すなわち賃金や現物により人間の生活は成り立ち、また自らの労働が他者の生活を支えうる。そうして人間社会は成り立ってきた。 それはこの先も人類が地球上で生き続ける限りは、永続的に続くのだろう。 肌に纏わり付くような湿った暑さが残る、9月。 午前6時半、起床。 この時期は着替えているだけで汗ばむので、それだけでもう朝はうんざりする。 慣れないスーツに身を包み、身支度を調え、トーストを口にざくざくと放り込み、忘れ物がないか鞄の中身をチェックする。 家を出る時間まであと15分。支度が終わり、ベッドの上で正座すると、本日の予習をする。 「ノックは3回・・・おじぎして着席・・・名前は、小柴空也です。明経大学経済学部4年生です。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。志望動機は、貴社の経営理念に・・・」 彼は絶賛就職活動中の身である。 43戦連敗中、焦りという焦りはとっくに捨て、悟りの境地すら開けてきた。 毎度の予習もすぐに飽きてきて、ベッドに大の字になる。 「なんで文明は発達しても労働だけはなくならないんだ・・・。 働きたくない。ずっと家で寝てたい」 人間が想像しうるものは、必ず実現できる、と誰かが言っていた。 なら早く誰か、労働しなくて毎日だらだらしても快適に生きられる未来を作ってくれ、と天井を仰ぐ。 ドアポストに一枚の封筒が挟まっていた。 拾い上げたとたん、嫌な予感にさいなまれた。 「秋島フィーチャー商事・・・」 先日面接を受けた会社だ。 帰ってから読めばいいものを、はやる鼓動を抑えきれず、急いで中身を取り出す。そして今開いたことを、即後悔した。 「ま・・・だめだった予感はしてたんだよな、なんとなく。わかってたわかってた」 一流上場企業の子会社、そう簡単に自分なんかが入れる枠はない。 自分に言い聞かせるように、うんうんと頷く。 祈りとは。日本の宗教において、主である神に忠誠と畏敬の念を示し、自省をしたり、自身の未来が少しでも明るくなるように願う行為である。 しかし、就職活動という一種宗教じみた活動をする中で、貴殿の益々の発展と活躍を祈られても、何も明るい未来は見えてこないし、所詮常套句の上辺の形式的な字面に過ぎないし、ひいては見飽きるものだ。 やけっぱちで封筒ごと手紙を思いっきり破ってみたが、この憂いがはちっとも晴れない。
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