2話  ここからが本当の地獄

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約2時間後。 水沢、香住、小柴の3名はミーティングルームにて、園部課長から状況説明を求められ、長方形の机の前に並んで立っている。 「なるほど。だいたいはわかったよ。 しかし、何故戦わなかった?小柴」 机を挟んで向こう側に座る園部は、微動だにせず腕を組んでいる。 小柴はなんと答えたらよいのかわからず、地面をうつむいていた。 「…それに関しては、私の責任です。 私が取り乱してしまい、小柴に指示を出すことができませんでした。 まだ入社間もない新入生に出撃をさせたのも、荷が重すぎました。 2課の応援を待つべきでした。申し訳ありません」 水沢は深々と頭を下げ、謝罪した。 「ふむ。私は水沢の判断については、概ね問題ないと思っている。 今日は演習明けで人手が足りていなかったし、リザーブの姫川は病み上がりだし、2課の到着は遅れていた。 あのまま浅井を放置していたら、さらに事が大きくなっていた可能性は高い。 本間も幸い軽傷で済んだんだから、まあ良くはないけどひとまず良しとして」 園部はいつもとは違い、鋭い眼力で小柴を見据える。 「小柴。今回はラッキーで済んだが、ここは命に関わる危険な職場だということをまず第一に覚えておいてほしい。 ギガースとの戦いはもちろん、今回のようなガントレイ同士の戦闘も今後あり得る。 つまり、怪獣相手じゃなくて人間相手に戦うこともあるということだ。 先程は殺されていてもおかしくない状況だった。 なぜ、反撃しなかった?お前ならあの時、浅井を制圧できたはず」 こちらを見透かしてくるような園部の視線が、小柴はなんとなく苦手だった。 隣の香住に肘で小突かれたので、小柴は仕方なく口を開いた。 「…怖くて、動けませんでした」 「それは本当か?」 「…」 「私には本当のことを言っているようには見えないな」 園部はにや、と不適な笑みを浮かべた。 「お前見かけによらず頑固だな~、課長の気迫にびびらねえなんて。 課長、普段はのんきにしてるけど、あーいう時は迫力あんだよなー」 夜22時、後始末と残業を切り上げ、香住と小柴は駅前の居酒屋に来ていた。 「なんて言ったらいいか、わからなかっただけです…」 「ふーん。まあ別にいいけど。 それよかお前、配属初日早々に始末書ってウチの会社至上最速記録じゃねえか? しかもいきなり死にかけるし、幸先悪すぎじゃん?踏んだり蹴ったりだな!」 香住はビールジョッキをあおりながら、意地悪く笑っている。 「…香住先輩は、浅井さんのこと気にならないんですか?」 「はあ?」 「だって何年も一緒に仕事してたんですよね?心配…じゃないですか?」 「心配?俺が心配して何になる? お前もしかして浅井さんのこと気に病んでやがんの?いっちょm」 香住はタバコに火をつける。 小柴は拳を握りしめ、ビールジョッキの泡を見つめていた。 白い泡が、だんだんと減り、消えていく。 「…僕は、僕がここに来なければ、浅井さんはあんな思いをせずに済んだんじゃないかって…」 「はは!バッカじゃねーのお前。お前がここに来たとしても来なかったとしても、お前には関係ねーことだろ」 「でもっ…浅井さんは、僕のせいだって…」 タバコの煙をふーっと吐き、香住は中空を見つめる。 「自意識過剰すぎ、ペーペーのお前が出しゃばってんじゃねえよ。 浅井さんは、一番立場の弱いお前に、積もりに積もった鬱憤をぶつけていただけだ。遅かれ早かれこうなっていたんだよ」 「でもっ…!」 「…それでも、私たちが浅井さんにできたことはあったはず」 後から来た水沢が、香住の隣の席に座る。 「響子さんお疲れっスー」 「結果的に私たちが浅井さんを追い詰めた。それは紛れもない事実…」 「…それは違うな。俺たちは浅井さんのポジション変更を何度も課長に相談したが、本部が人員不足で取り合ってくれないとかなんとか言ってうやむやにされてきた。 浅井さんは気丈に振舞っていたが、明らかに無理をしていたのは課長だって百も承知だったはず。 責任の所在は課長と本部にある」 香住は飲み干したジョッキを叩き置き、またビールを二つ注文した。 「でも、ペアの私が浅井さんに寄り添って、悩みを聞いていれば…」 「だーかーら。響子さんも真面目はたいがいにしろよ。 俺たちは仲良く遊びに来てるんじゃねえ、仕事しに来てるいい大人だろ。 誰でも多かれ少なかれ悩みがあるのは一緒なんだ、てめえが一番世界で不幸みたいな面されると腹立つんだよな。 限界ならとっととこんなクソみてえな仕事辞めちまえばいいんだ。自分が壊れるまで働いてる方がオカシイんだよ」 注文していたビールが届き、響子に渡される。 「ま、過ぎたことうだうだ言っても仕方ねーっス。飲みましょう」 「…そうね。でも香住は言い過ぎ!言葉に気をつけなさい。 反省すべき点はたくさんあるけど、とりあえず今日のところは小柴くんをちゃんと歓迎しないと。 今日は色々巻き込んじゃって、本っ当にごめんね! 本番の歓迎会は金曜日だけど、今日は小柴くん初日歓迎会&本間さんの早期回復祈願&お疲れさま会を兼ねてってことでぱーっと飲みましょ!」 3人は改めて乾杯をした。 会がスタートしてから3時間。すでに時計は午前1時を回っていた。 店のラストオーダーまでいたので、ほとんどの客は帰ってしまい残っているのは小柴たちのみだった。 「あー悔しい悔しい悔しい! もっと的確な指揮をしてみんなに頼られて、めっちゃカッコイイスーパーロボットも作っちゃって、せけんをあっと見返して、それからそれから…」 昨日の演習からの疲れもあり、水沢はかなり酔っ払っていた。日本酒は既に6合は空いている。 「水沢先輩、だいぶ酔っ払っているみたいですけど、大丈夫ですか…?」 小柴はコソッと香住に聞く。 「いつものことだから。明日仕事だからこれでもセーブしてる方よ」 香住はもたれかかる水沢の頭をぽんぽんと撫でる。 「ほんとですか?!お強いですね〜」 「…お前もなかなかいける口じゃねえか、響子さんに付き合って日本酒飲んでたけど、顔色全然変わんねえな」 「僕、お酒そんなに好きじゃないですけど、全然酔っ払ったりはしないんですよね〜」 小柴はそう言いつつ芋焼酎のロックを飲み干す。 「ザルか…」 「おーい香住〜!酒頼め酒〜!酒が足りないぞ!」 酔っ払った水沢は香住の肩をバシバシ叩いている。 「響子さん、ラストオーダー終わったんで俺のハイボールでも飲んでてください」 「はあ?!お前の酒なんて飲めるかあ〜」 そう言いつつ、響子は香住のジョッキを奪ってぐびぐび飲む。 香住はそんな響子の様子を横目に、 「可愛いだろ」 ボソッとつぶやいた。 「え?」 「オイ小柴てめえ、響子さんには手出すんじゃねえぞ」 「は?」 香住はものすごく不機嫌そうに小柴を睨む。 「本当は今日はな、落ち込んでる響子さんを誘って二人で飲む予定だったんだ。 でも響子さんは優しいから、てめーにも声かけろって言うから、仕方なく入れといただけだからな。おめーはオマケだオマケ」 「はあ」 小柴は残った唐揚げや卵焼きをぱくぱくと食べながら、 「香住さんって、水沢先輩のこと好きなんですね」 と、お風呂上がりましたーくらいの軽い口調で指摘した。 「は?!おっお前っ…違わい!!」 「違うんですかー?僕はてっきり」 「だ、だいたい響子さんにはな、エリート彼氏がいんだよ」 「へーそうなんですか〜」 小柴はあまり興味が無さそうで、残ったチャーハンをかきこむことにいそしんでいる。 「だからな、お前どんなに響子さんが才色兼備の東大出身天才メカオタクスタイル抜群美女だったとしても、決して惚れるんじゃないぞ」 「あ、それはご心配なく」 「オイ!お前なあ!」 その時、半分寝ていた響子ががばっと起き上がり、小柴の手を両手で強く握りしめた。 「小柴くん、心配しないでね。 色々不安だろうけど、私がついてるから大丈夫大丈夫!私はいつでもあなたの味方よ。 あと水沢は壁感じるから、これからは響子でいいからね!私も呼び捨てにするから!」 大きな瞳をキラキラと輝かせながら、熱く語りかける。 「は、はい、響子さん」 「改めて開発機動部3課へようこそ!小柴を全力で歓迎しまーーす!」 そして本日何度目かわからない乾杯を、3人は交わす。 なんやかんやで小柴が寮に帰宅したのは午前2時を回っていた。 身体のすみずみまでヘトヘトで、ベッドに倒れ込むと疲労でもう起き上がる気力はなかった。 だが、頭は不思議とまだ冴えていた。 「(ものすごく長い一日だったなぁ…)」 仕事に情熱を燃やす水沢、仕事に絶望し辞める決断をする浅井。 同じ職場でも、こんなにも考え方、生き方が違う人がいる。 当たり前だ、人の数だけ違った人生があるのだから。 「これで…良かったのかな」 自分はこれからどうなっていくんだろうか。 まだわからないことが多すぎる。 やがて夜の暗い底に沈んでいくような感覚に襲われ、小柴は目を閉じる。
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