3話  嵐の中で輝けない

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それから小柴のめまぐるしい日々が始まった。 本来は、同期たちと共に研修へ行き、東峰工業の歴史・沿革・組織編成・事業展開・取扱製品等々基礎知識を2週間かけてじっくり学ぶ時期なのだが、小柴にはそのような悠長な時間がないため、実地研修でよろしくということを、本部を通じて課長より通達された。 同期との再会という、束の間の息抜きを楽しみにしていた小柴のささやかな希望は打ち破られ、代わりに3課での厳しい鍛錬が課された。 まず、小柴にはガントレイに乗るための基礎的な体力作りを命じられた。 パイロットはただ操縦技術が優れているだけでは不合格。戦いともなれば長丁場になる場合があるので、それに耐える集中力・持久力・体力が必要なのである。 水沢が考案した様々な訓練メニューが課され、毎日朝晩2回、1時間のマラソンを走らされた。 「ま、まさか会社に入ってからこんなに走らされるなんて・・・聞いてないよ」 広大な湿地帯の越谷ベースから大規模調節池の方までまわる外周コース。 1時間走り終わると、次はすかさず筋トレ。 腹筋・腕立て伏せ各50回、スクワット30回、ベンチプレス10回、懸垂10回を1セット、マラソン後に1日二回がルーティンワークとされた。 さらにボクササイズが取り入れられ、水沢がスパーリング相手になった。 「小柴ぁー!闘志を燃やせー!自分はロボットアニメの主人公だと思いこめー!これは修行!強大な敵に打ち勝つため、己が強くなるための修行よー!」 「しゅ…しゅぎょう…自分は、主人公…」 左右にふらつきながら、水沢のミットにパンチを打ち込む。 運動を中心とした午前の訓練が終わると、必ずプロテインを飲まされた。 「小柴っ!運動後のプロテインは格別にうまいだろー!」 姫川がプロテインを牛乳のようにごくごくと飲む。 姫川もかなり忙しくしていたが、合間を見て訓練に付き合ってくれた。 「な、何も口にできません・・・プロテインも、おいしくは、ないです・・・」 床に転がることしかできない虫の息の小柴に、水沢の容赦ない檄が飛ぶ。 「小柴ー!転がってる暇はないぞー!1時間昼休憩後すぐ演習ルーム!」 午後は操縦技術を身につけるため、VRでガントレイに搭乗し、水沢の怒号を浴びながらAIとの模擬戦に明け暮れた。 合間の時間を縫って、笹野とリコール検査を行い、問題があるとされる機体の精査をしらみつぶしに行う。 一日の終わりに日報を書く頃には22時を回っていた。 手際よく仕事を終わらせた他の課員は、すでに帰宅。 「小柴!人件費削減が叫ばれている昨今、だらだら仕事している暇はないっ!当面の目標退社時間は20時!メリハリをつけて仕事すること!」 隣で小柴を監視しつつ、水沢は自分の仕事をてきぱきと進めている。 全てが終わる頃には、もう倒れる寸前だった。気絶しそうになりがら命からがら寮に帰ると即寝て、また朝早く起きて出社という日々を繰り返した。 小柴が外でマラソンや筋トレをこなす中。 「で、先日の零式ハッキングの件は何かわかったの?香住」 3課事務室。コーヒーに口をつけながら、水沢が香住のパソコンをのぞき込む。 「いやーダメっスね。手を尽くして調べましたけど、痕跡を綺麗に消されているのでこれ以上は追えない。ここ開発機動部のサーバーを経由したということぐらいしか」 香住は椅子を後ろに倒して大きく伸びをする。 「・・・それって、内部の犯行ってこと?」 「さあね~そこまでは。経由しただけで外部から侵入された可能性もあるし。 上が浅井さんよりもこっちの方を問題視するのも当然だ」 「課長が本部に呼び出されていたのは、むしろこっちの件か・・・。 木村1課長と池尻2課長、土佐島4課長まで呼び出されたらしいし」 「セキュリティに課題があると指摘され続けながら長年放置してきた結果がこれですよ。ま、そのうち大変なことになるかもねー」 「ちょっと、不吉なこと言わないでよ」 香住はにや、と口を歪め不気味に笑う。 「ま、もう少し調べてみるかな。ちょっと気になることがあるんでね」
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