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水沢に慌てて連絡を入れ、寮から転がるように飛び出し、すさまじい速さで自転車をこぎ、越谷ベースに着いた頃にはすでに6時を回っていた。
自転車を乗り捨て、全力疾走で格納庫へ向かうと、3課総出で撤収作業に追われているところだった。
「も!申し訳ありません!小柴、ただいま到着、いたしました・・・」
息も絶え絶えに皆の前で謝る。
しかし、誰も何も言わなかった。
わかっている。白い目で見られているのだ。
小宮山が何か言おうとしたところを丸田が無言で制する。
前に出た水沢は、はあ、と大きなため息を漏らした。
「・・・小柴。何があったか、わかる?」
「・・・」
「ギガースが足立区内で発生。3課に出動要請が入り、当直の小柴に出撃命令が下った。でも爆睡していたあんたはエマージェンシーコールに出ず、電話も無視、仕方なく非番の姫川に命令が下された。
まあ結局、姫川が一人でなんとかしてくれたから何事もなかく無事に収まったけど?」
きつい、非難の眼差しを向けられる。
「非番は、退社した時間から24時間まで、ってことは最初に教えたよね?
つまりそれ以外の時間帯は休日であっても、越谷ベースから20分以内の場所に待機、要請があれば即!出動しなければならない。
小柴、あんたは自覚が足りなさすぎる!いつまでも学生気分でいてもらっちゃ困るの!」
水沢は強い口調でまくし立てる。
「もし姫川が出られなかったらどうなってたと思う?!
2課に緊急出動要請が下って、指揮系統が混乱している間に被害が拡大して、一般市民を巻きこんでしまったかもしれない!
あんたは自分がどれだけ大きな責任を負っているかわかってない!」
それまでじっと俯いていた小柴が、ぽつり、と言葉を発する。
「・・・そんなの、わかるわけない」
「え?」
「僕が出撃したところで!そのギガースは倒せたと思いますか?!
新入生で研修にも行ってなくて、ガントレイの実機演習だってろくにやってない僕なんかに、そんな重すぎる責任負わす方がどうかしてるんじゃないですか?!おかしいのはそっちですよ!!」
まさかの反撃に、3課の面々の顔は凍りついた。
一瞬水沢も怯んだが、すぐにカーッと頭に血が上る。
「・・・はあ?!あんた、自分が迷惑かけてる分際で何言ってんのよ!」
「迷惑はこっちですよ!僕はガントレイに乗りたいなんて一言も言ってない!僕は・・・事務で慎ましく穏やかに仕事したいって言ってたのに、入社してみたら全然違う部署だし!!」
「当たり前よ!それが会社なの!!会社があんたの人事権を全て持っている!!それに従えないのならさっさと辞めちまえ!!」
二人の激しい口論に口を挟む余地もなく、3課の面々はあ然と聞いていたが、
「こっちから辞めてやりますよこんな会社!!」
「てめー!言いやがったな!!」
水沢が小柴の胸ぐらを掴んで取っ組み合いを始めそうになったので、慌てて姫川が水沢を抑える。
「響子さんー!落ち着いてください!」
「なんでよ!あたしは間違ってないっ!」
丸田に抑えられながらも、小柴はなお歯向かう。
「そうやって、いつもいつでも正論だけ言えば偉いと思ってるんでしょ!それで周りの人がついてくると思ってるんですか?!」
「お前!それだけはっ・・・!」
香住に頭を思い切りはたかれたところで、小柴はようやく我に返った。
姫川に羽交い締めにされていた水沢は、唇を震わせていた。
「・・・あんたにっ・・・あんたなんかに何がわかるのよ・・・!!」
しまったと気づいた時には、水沢は大粒の涙を流していた。
「響子さんっ・・・!」
水沢は堪えきれずに、走り去ってしまった。
茫然自失する小柴は、その後ろ姿をただ見ていることしか、できなかった。
「あーもうめっちゃくちゃ。3課の崩壊だねーこりゃ。てめーのせいだよバーカ」
香住の乾いた笑いが格納庫に虚しく響いた。
撤収を終えた3課の事務室では、各々が所在なく机に座っている。
小柴と水沢の姿はない。
重い口を開いたのは、笹野だった。
「・・・小柴の言うことは一理あるんだよな。ついこの前まで学生だった彼に、いきなり一般市民の命やこの会社の使命なんて全部背負わせるのは、やはり酷だと思う・・・」
「じゃあ、笹野さんが代わりにパイロットやればいーんじゃないスかー?」
机に足を投げ出し、スナック菓子を食べていた香住が口を挟む。
「それは・・・」
「まともな補充が来るんだらとっくに来てるでしょーよ。会社全体で、パイロットはここ数年で何割辞めてるか知ってますよね?5割ですよ、5割。
会社にとっちゃ俺たち兵隊は使い捨てのコマに過ぎないんだから。新入生もベテランも結局変わらないんスよ」
「おい・・・若いのに夢も希望もないこと言うな、香住」
小宮山がわざとらしくため息をつく。
再びシーンと静まり返る3課。
丸田がなにか口を開きかけた時だった。
「おー!しけた面してんなー!
水沢と小柴が取っ組み合いの大喧嘩したっちゅーから本部の会議切り上げて帰ってきたぞ!んで、ダイナミック遅刻新入生はどうしたー」
園部課長がわきわきと愉快そうに入室してきた。
「・・・課長ー、絶対面白がって帰ってきましたよね?」
香住がしらけた目を向ける。
「え、そんなわけないじゃん。3課空中分解の危機だっちゅーのに」
「その割に楽しそうですけど?」
それまで沈黙を貫いていた姫川が立ち上がる。
「・・・自分、二人を探してきます」
事務室を出ようとすると、
「待て姫川」
「課長ッ・・・!しかし」
首を横に振る園部が、ふっと笑う。
「気持ちはわかるけどな。
もう少し、そっとしておいてやってくれ」
小柴はいなくなった水沢を探して越谷ベース中あちこち歩き回っていた。
「あ・・・」
目撃者の話を聞いて向かったのは、開発機動部の棟からは少し離れた、倉庫棟だった。屋上のフェンスの前で、水沢はこちらに背を向けて体育座りをしていた。
ためらいつつも、少しずつ歩み寄っていく。
2メートルくらいの距離まで近づいた。これ以上は入ってはいけない気がした。
なんと声をかけたら良いか、考えあぐねていると、
「ここにね、1年目でうまくいかなかった時によく来て、バカヤローって叫んでみたり、一人でいじけてたんだよね」
こちらは見ずに、水沢は小さく手招きした。
戸惑いながらも、ゆっくりと水沢の隣に座る。
「私、最初は開発研究部に配属されてさ。自分の希望通りの部署だったから、夢が叶ったんだーと思ってすごくうれしくて、張り切ってたんだよね。
でも夢と現実は全然違った。自分の我が強すぎて、開発コンセプトや会社の方針に納得できなくて、上司と何度も対立して。あっという間にここへ飛ばされちゃった。
1年目の冬だったかな、ここに来たのは。あの時は本当、ボコボコに打ちのめされてたな。こんなはずじゃなかったのにって」
立ち上がった水沢は、フェンス越しに見える広大な調節池と、その先の住宅群を見渡す。
「最初に来た時も、こんな空だったな。どんより曇ってて、ジメジメした感じ。
湿地帯だからか、いつも空気が湿っぽい気がするんだよね」
その表情は読みとれなかったが、今にもまた泣いてしまうような気がして、いたたまれなかった。
「・・・あのっ!響子さん!先程は、大変失礼なことを言ってしまい、すみませんでした!
辞めるって言うのも言葉のあやなので・・・その・・・本当に申し訳ありません!」
小柴は立ち上がって深々と頭をさげる。顔を上げると、目を真っ赤に晴らした水沢が少し笑っていた。
「・・・っとに!先輩に喧嘩ふっかけてくるなんて、とんだ問題児!
・・・でも、なんかあの頃の私にちょっと似てて、笑っちゃうわ。可愛い見た目によらず案外骨があるじゃん、小柴」
思わずふふ、と声をこぼす。
「小柴。仕事で失った信頼は、仕事で取り戻すしかないんだよ。
私は、私をバカにして笑った奴ら全員見返してやる!って気持ちで、がむしゃらにここまでやってきた。その気持ちが折れそうな時は、ここに来て、自分を奮い立たせて」
水沢はフェンスを背に寄りかかる。
「・・・そうやって夢中でやってきたけど、自分のやり方は間違ってるんじゃないかって思いながら、目を逸らしてきたんだ・・・私は。
浅井さんの時もそうだった。その前の人も前の人も・・・私が至らないせいで、辞めていったようなものだったんだ」
鈍色の空を見上げる瞳は、涙がこぼれないようにじっと耐えているようだった。
「・・・響子さん。僕はまだ響子さんの後輩になり1ヶ月くらいしか経っていませんが、響子さんの下で働けて良かったと思ってます。
確かに響子さんは人遣いが荒いし、口調はキツいし、ガントレイが絡むと暴走しがちだし、周りが見えなくなることもあるけど」
「言うね・・・」
「でも、響子さんの仕事に対する姿勢は尊敬できます。響子さんはどんな小さな仕事に対しても誇りを持っていて、夢に向かって常に全力なんですよね。そんな大人、なかなかいませんよ。
誰のせいで辞めたとか・・・そういうことは、本人じゃないとわからないじゃないですか」
「小柴・・・」
水沢は小柴の瞳をじっと見つめる。
「・・・小柴には辛く当たりすぎたね。自分の立場を優先して、あなたの気持ちを蔑ろにしていた。ごめん」
「いえ、遅刻野郎に謝ることは何もないです・・・」
小柴は改めて、自分が逆ギレ暴走したことが急に恥ずかしくなってきたのだった。
改めて向き直った水沢の眼差しは、厳しい色をしていた。
「・・・小柴。あのね、よく聞いて。姫川はね、あと1ヶ月ほどしか3課にいられないの」
「えっ?!?」
「姫川は以前から、シンガポールへの海外出張が決まっていて、本当は4月いっぱいまでの予定だったんだけど、課長が無理言って延長させてもらったの」
「そんな、まさか・・・」
「・・・浅井さんはもう退職手続きに入ってる。頼りの姫川ももうすぐいなくなってしまう。
本間さんが戻ってくるまでに、一日でも早く小柴をひとり立ちさせたくて、無茶なことを押し付けてしまった」
小柴は愕然とした。目の前が真っ暗になる、お先真っ暗、という感覚を始めて体感していた。
水沢と姫川をはじめとして、3課の人達が自分を必死に育てようとしていたのは、このためだったのだ。
「・・・時間は止まってくれない。
でも姫川に残された時間は限られている。
その中で小柴、あなたは姫川の意志を受け継がなきゃいけない」
どんよりと曇っていた雲間から、光が差し込み、屋上を照らす。
事実は変わらない。時間は戻らない。後には引けない。
それなら、やることはもう決まっている。
「・・・絶望的な気持ちになりましたけど、とにかく今できることを、一つ一つがんばるしかない・・・ってことですよね?」
「そういうこと」
二人は日差しを浴びながら、微笑み合う。
「さあ!これから遅刻の謝罪行脚だぞ〜!
私も付き合ってあげるから、ほら戻るよ」
「すみません・・・この度は本当に、なんとお詫びすればよいか・・・」
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