4話 来たるべき時、それは今(前編)

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小柴は全天候型コックピットから冷静に、周囲を見回す。 今までこのタイプには乗り慣れていないので、自分が宙に浮いているような感覚にどうも落ち着かなかった。 『場所・東京〇〇区郊外、敵ギガース前方に出現中、方位300-350、数1』 ここは今は使われていない、東京郊外の広大な廃工場地帯。 「(どこから来る…?)』」 『スカイ1、レーダーをよく見て!真下に熱源反応!』 水沢に言われた瞬間にはすでに敵が地面を割って出ていた。 「わああ!もう一体?!聞いてないですけど!?」 『一体だけとは限らない!』 地面から出てきたトドのようなギガースが小柴機の眼前に這い出てきた。 『本局より抜刀許可!スカイ1、電磁ロッドで応戦せよ!』 小柴機はおたおたと電磁ロッドを取り出そうとするが、誤って目からビームが出た。 「どしぇええ?!何ですかこれ??」 『だああ!それは試験段階のスパシエム光線Xだー!』 「何ですかそのうさんくさそうな光線?!本当に効果あるんですか?!」 『まだ実験段階だからそんなのわからん!ただの目くらまし!!』 「そんな効果あるかどうかもわからない武器つけないで下さい!」 そうこうしているうちにトドのヒレ攻撃が小柴機の下半身にヒットし、小柴機は大の字で倒れる。 視界に広がる紫色の空は、世界の終わりのように妖しく色づいている。 「ああ…僕また死ぬんですね…」 『死ぬかボケ!シミュレーションじゃ!』 トドが小柴機にのしかかってさらなる追撃をしようとした時だった。 トドの体が横に吹き飛ばされた。姫川機のパンチがヒットしたのだ。 「小柴君、俺の後ろに下がって!」 小柴機は姫川機の後ろへ、ハイハイをするように情けなく後退する。 『本局より発砲許可、プリンセス1、アクセルガンで応戦せよ~…』 欠伸をする香住の怠そうな声と同時に、姫川機はアクセルガンを素早く構え、躊躇なく発砲する。 「おお~かっこいい…」 小柴が感嘆するのもつかの間、もう一体のアシカのようなギガースが小柴に背後からとりついてきた。 「ぎゃ~~!助けて~!」 アクセルガンは近・中距離で使用可能、反動を最大限に抑えたガントレイの銃装備である。姫川機の発砲したアクセルガンはトドの頭部に命中し、トドは一瞬のフリーズの後、大きな地響きを立てて倒れた。 さらに姫川機は回り込みながら電磁ロッドを構え、小柴機にとりつくアシカのようなギガースに勢いよく突き刺した。 アシカはそのまま倒れ、少しの間のたうち回った後、沈黙した。 「すごい…無駄がない…」 再び大の字で倒れた小柴機に、姫川機が手を差し伸べた。 「小柴。戦況は刻々と変わるし、今回のように予想だにしない不測の事態が発生することもある。 常に周囲を見回して、状況を素早く把握するんだ」 「はい…」 ヘッドセットを外した小柴は、ため息をついた。 こんな調子であと1ヶ月中に、姫川を倒すことなど、夢のまた夢のように思えた。 そのおよそ2時間前。 「(姫川先輩がいなくなるまであと1ヶ月しかないのか…短いな… 僕はそれまでに、姫川先輩からたくさんのことを学ばなきゃ)」 スパーリングで水沢のミットに打ち込みながらそんなことを考えていた。 クールダウンをしているところに、水沢から声をかけられた。 「小柴。午後からは姫川とVRシミュレーション、その後実機演習に入ります」 「はっはい!」 「実戦を想定して、私と香住もそれぞれサポートに入ります。この1ヶ月の目標は、姫川を倒すこと!打倒姫川!!」 「えっ、いきなりですね…」 「ごちゃごちゃ文句言ってる暇はないの。昼休憩終わったら演習室ね!」 実機演習に加えて、相手は姫川。小柴には不安もあったが、反面高揚する気持ちも自覚していた。 「(いよいよかあ…緊張するなあ)」 だがこの時の小柴の高揚感も、後になったら虚しくなるだけだった。 ここから何日にも渡りシミュレーションと実機演習を繰り返したが、芳しい成長はなかなか見られなかった。 この日も小柴は、水沢・姫川と食堂で恒例の反省会を行っていた。 「うーん。何度やってもうまくいかないな。 小柴、基本の装備や計器は覚えてきたはずでしょ?シミュレーションになるとどうしてわからなくなるのかな」 ポテチをむしゃむしゃと食べながら、ここ数日間のシミュレーションと実機演習のハイライト映像をスクリーン画面で見ていた。 「すみません…なんだか頭の中がごちゃごちゃしちゃって…」 姫川はしばらく映像をじっと見ていたが、 「小柴君。戦闘中、なにを考えている?」 正面に座る小柴の目を真っ直ぐ見据えた。 「え?なにを…って、とにかくガントレイをちゃんと動かして、水沢さんの指示をちゃんと聞いて…とか考えてますけど」 「…この訓練は何のためにやっていると思う?」 「えっ…」 「小柴君、このままでは君は成長できないよ。何度やっても無駄だ。 いつまで経っても、俺には勝てないね」 姫川は席を立ち上がり、食堂を出て行ってしまった。 いつもにこやかな姫川が、珍しく少し怒っているような表情をしていたので、残された水沢と小柴はしばらく言葉を失った。 先に口を開いたのは、水沢だった。 「…私も、姫川と同じ意見」 「…はい」 「一緒に考えよう小柴。絶対勝つよ、姫川に」 「…」 水沢は机をばんと叩き、立ち上がった。 「あー悔しい悔しい悔しい! あんた姫川に言われっぱなしでいいの?」 「…僕なんかが、姫川先輩に勝てるわけないんですよ」 小柴はうつむき、膝においた拳をぎゅっと握った。 「だー!!そう思ってたら勝てるもんも勝てるわけないでしょ!あんた最初から負ける気で戦ってるの? そんな奴が勝負に勝てるわけない!」 思えば昔からそうだった。 人と争うことが苦手だから、サッカーや野球などの団体スポーツは避けてきた。 だから高校時代は個人競技の弓道を選んだけど、結局レギュラー争いには勝てなかった。 自分には向いてない、勝てるわけないと最初から言い訳して、のらりくらりとここまで来た。 でも、もう誤魔化しのできないところまで来たのだ。 「小柴!雑念を捨てるの! 姫川がどうとか自分はダメとか、そういう余計なことは考えない! 姫川だろうが社長だろうがアメリカ陸軍だろうが関係ない、目の前の敵をただ倒すだけ! あんた才能はあるんだから、要はメンタルよメンタル」 熱く語りかける水沢に、小柴は思わず吹き出してしまった。 「…社長はまずくないですか?」 顔を上げた小柴の表情は、少し晴れていた。 「響子さん、ちょっとご相談があるんですけど」 小柴は越谷市内の弓道場で夜の20時まで一心不乱に弓を引いていた。 様子を見に来た水沢も、声をかけるのをためらうほどの集中力だった。 水沢が道場の隅で正座をして見守っていると、しばらくして小柴が気づいた。 「すみません!響子さん、いらっしゃってたの気がつかなくて」 「私は全然大丈夫、気にしないで続けて」 「今日はこのへんにしときます」 小柴は懸けを外して弓を片付け始めた。 「それにしてもびっくりしたわ、小柴が弓道やってたなんて知らなかった」 「いやー全然僕は下手な方でしたから…あまりいい思い出もないんですけどね。 でも弓を引いていると、頭からっぽにできるんです。 目の前の的を射ることだけ考えればいいから。 なんだかんだ好きなのかもしれません、弓道」 見たことのない、生き生きとした表情の小柴の横顔から、水沢は思わず目が離せなかった。 「お腹空いたんでなにかご飯食べに行きませんか?響子さん」 小柴が明るく笑いかける。 「…あっ、うんうん!行こう行こう! 先輩が何でもおごってあげちゃうぞ〜」
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