4話 来たるべき時、それは今(後編)

3/4
前へ
/116ページ
次へ
某日午前2時。東峰工業開発機動部3課と陸上機動隊第14部隊は再び江戸川の地に舞い戻ってきた。 雨は尚も弱まる気配なく降り続いている。 「出たなデカブツ。ここで会ったが最後…ってな」 仁王立ちする巨人たちを眺めながら、その土手の上から園部がぼそりと呟く。 土手の上には東峰工業の輸送飛行機2機、陸上機動隊の輸送トラックとヘリコプターと隊員たちがずらりと構え、周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。 「課長、そういうのは大きい声で言った方が士気上がりますよ。 …ったく、だいたい、水沢の考えることは突拍子がなさすぎるんだ。 本社に掛け合ってあちこち連絡して、ここまで間に合わせるのにどれだけ大変だったか…」 園部の横にいる小宮山は、顔面に当たる雨にしかめっ面しながら、ぶつくさ文句を垂れている。 東峰工業3課のST陸戦型スーパーノヴァ・2機、陸上機動隊フォーミュラ06・3機はギガースと再び対峙し、睨み合っていた。 完全ではないものの、蛇状ギガースは先程の戦闘時よりも地上に出ており、それはすなわち間合いが広まり危険度が増していることを示している。 「ジャミングの方はどうだ?」 西川田が尋ねる。 「こちら早水です。ジャミングあと2分30秒で一時クリアします」 ネメシス・アイガンから早水の通信が入る。 「へえ~見事なお手並みだな。朝飯前ってか?」 現場の香住がからかうように早水に通信を入れる。 「当然です。貴方よりは早くできますよ」 「はあ?!生意気なガキだな…」 「決行時刻!作戦開始!」 西川田のかけ声と同時に、各機は兵器を構える。 「姫川!さっきの借りを返してやれ!」 香住は輸送機のコントロール室から指示を飛ばす。 ほぼ同時に、姫川機はアクセルガンを連射する。ギガースは頭を守るように自分の身体を丸めた。 フォーミュラ3機もそれに続き銃撃を開始する。 一方、小柴機はそこから少し離れた下流の橋の上に待機していた。小柴機をサポートする水沢と笹野が乗ったもう一つの輸送機も、その近くにいた。 「すごい…!これならやれそう…」 小柴は上空カメラから見える激しい弾幕を、息を飲んで見守る。 銃撃が一旦止むと、攻撃が効いているのかギガースは少し苦しそうに身を捩っていた。 「姫川、追撃の手を緩めるなよ! 今度こそ仕留めるぞ!」 姫川機とフォーミュラ3機は足場の悪さを考慮し、接近せずに少し離れた所から銃撃を主に展開した。 しかし敵もただやられているだけではない。 銃撃を受けながらも、その巨大な身体で一気に間合いをつめ、勢いよく4機に攻撃を仕掛けてきた。 上半身を鞭のようにしならせ、横一線に4機にぶつけてきた。 姫川機はとっさにシールドでガードしたが、衝撃が強く踏ん張らなければふらつきそうだった。 「くっ…!すごいパワーだ…!」 フォーミュラ1機が直撃を受け、地面に倒された。 さらにギガースは強力な毒液のようなものを吐き出し、4機はもろに浴びた。 「これは…?!」 姫川機はシールドと足に毒液を浴びた。 一見、少しベトベトしているだけの液体のようだが、香住はその変化を見逃さなかった。 「…!姫川!そいつはセグリッドコーティングを剥がしているぞ!奴には近づくな!」 ギガースは、生体が触れると強力な酸で溶けてしまう特殊な膜のようなもので覆われている。 通常、ガントレイが触れても溶けることはない上、さらにセグリッドコーティングという特注のコーティングも施されているためほとんど心配はないが、このギガースはそれをも溶かす強力な酸を有していたのだ。 セグリッドコーティングは酸を防ぐだけでなく、ガントレイの装甲を底上げする重要な兵装であり、それがなくなることはすなわち防御力の低下を意味する。 「リボルバーを使え!奴の間合いには入るな!」 「はい!」 姫川機はリボルバーを構え、照準を合わせる。 その間にフォーミュラ機がシーバルライフルで牽制する。 「5、4、3、2…発射します!」 姫川機のリボルバーは、ギガースの首付近に命中した。 「やったか…!?」 悶え苦しむギガースは、自ら川に身を投げ、そのまま身を任せるように流された。 「くそ!逃げやがった!小柴ァ!」 香住は下流の小柴機に呼びかける。 ギガースは増水した早い水流に乗り、下流へと向かう。 「準備できてるだろうな、お前の出番だ! ギガースがそっちの下流に逃れてくる!ここで逃がしたらどれだけ被害が拡大するかわかんねえぞ!絶対に仕留めろ!」 「は…はいっ!」 笹野からも通信が入る。 「小柴、この橋への到達予想時間は約2分だ!」 すでにこの時点で、ジャミングクリア時間5分を過ぎていた。 小柴は作戦前、水沢から言われたことを繰り返し思い出していた。 「いい?もし万が一上流の姫川たちが奴を仕留め損なったら、おそらく奴は下流に逃げてくる。 そこを小柴が確実にトドメを刺す! ただ、それまでにジャミングクリア時間6分を使い果たしている可能性が高い。 そうしたら武器は使えないし、ガントレイも直に動けなくなる。 その時は…」 「この弓で!」 小柴機は巨大な弓を構える。 ジャミングの影響を受けるのは精密機械であるガントレイや武器兵装だ。 この弓ならば、ジャミングの影響を受けることなく攻撃することができるのである。 これは小宮山や丸田がぎりぎりまで関係各所に掛け合い、奔走し、本社の倉庫に眠っていた大昔の兵装を引っ張り出してきた代物なのだ。 そして水沢は、小柴機の腕の可動域だけ動かせるよう、ジャミングクリアに専念していた。 「小柴!あと50秒は動かせる!」 小柴機が動かせるのは、腕とこの弓だけになっていた。 弓道の要領で弓を打起し、弦を引き絞り、狙いを定める。 当たり前だが、小柴は弓道において動いている的を狙ったことがないので、変則的に動き回るギガースの頭を狙うのは困難だった。 「やれるか…!?」 心の動揺はガントレイにも伝わり、小柴とガントレイの腕がわなわなと震える。 小柴はぎゅっと目を瞑る。 そして、姫川の力強い言葉を思い出した。 「いや…僕はやれる!同期の誰よりもがんばってきたんだ…!!」 目をカッと開き、ギガースの頭にぴたり、と狙いを定める。 「あの弓道場での練習を思い出せ」 精神を研ぎ澄まし、四肢を動かすことだけを考える。 尻の穴を締め、足は大地をしっかり踏みしめ、姿勢を天高く正し、背中を大きく開き、右腕は肘を固定し、左腕は的に向かって真っ直ぐと構え、弓を引き絞る。 それ以外の余計なことは考えない。 頭を水に潜らせり出したりを繰り返すギガースの頭が、スローモーションに見えた。 その瞬間、小柴機は矢を放つ。 矢は橋の下まで近づいていたギガースの頭部に、見事命中した。 「当たった!!」 小柴が思わず声を上げた。 しかし、その衝撃と痛みで暴れたギガースの尾が橋に直撃し、小柴機がいる橋が崩れ落ちた。 近くに待機していた輸送機から、思わず水沢が外に飛び出す。 小柴機は茶色い濁流の川へと落ち、ギガースと共に流されていた。 「小柴ぁ!!!」
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加