19人が本棚に入れています
本棚に追加
「うわっ…!!」
小柴機は川の濁流に流されるまま、飲み込まれていく。
ギガースを仕留めはしたが、このままではもろとも自分まで死んでしまう。
まだジャミングの影響が残っているのか、ガントレイはうまく動かせない。
水沢と笹野からの通信状態も悪く、途絶え途絶えになっていた。
「はあ…まーた僕、死にそうなのかぁ…この会社に入ってからというものの、何回死にかけてるんだろう…」
パニックを通り越した小柴が、もはやお手上げ状態で天を仰いだ、その時。
「くーや。そうやってすぐ諦めるの、悪い癖。私が守るって約束したのに」
ネメシス・アイガンからの早水の通信が入ると、ガントレイの操作系統が回復した。
「おおっ…!神様仏様舞ちゃん様~!」
「くーや、この先川幅が広がるところまでいくと救出が困難になり時間がかかる。くーやの身も危ない。早く身の安全を確保をして」
おそらく地表であったのだろう、川の端あたりにぽつんと木があった。小柴機はその木に必死の思いでしがみつく。
「そうだ…僕は、やっぱり…まだっ…死にたくないっ…!
姫川先輩にもっ…まだ勝ってないんだ…!!」
土手まであと数メートルというところで、左腕が届かない。
懸命に伸ばす小柴機の左腕を掴んだのは、姫川機だった。
「小柴君!よくやった!今日の君は、俺以上の素晴らしい動きだった!」
「姫川先輩…!」
姫川機が力強く、小柴機を引き上げた。
江戸川河川敷作戦から3日後。
「みなさん、短い間でしたが本当にお世話になりました!」
姫川は3課員の前で爽やかに挨拶をする。
いつもの作業服ではなくスーツを着た姫川は、少し遠い世界の人のようで、本当にもう3課員ではなくなるのだと嫌でも思い知らされた。
「自分は、最初に配属されたのがこの3課で本当に良かったと思ってます。
色々ご迷惑をおかけしましたが、時に厳しく時にとっても優しいみなさんの助けのおかげで、ここまでなんとかやってこられました。
何より、頼もしい先輩方に恵まれ、多くのことを学び、成長する機会をいただけたことは自分にとって幸せでした!
シンガポールは、アジア市場の拠点として力を入れている海外支部の一つであります。
ギガースと戦う最前線に立つ皆さんに負けないよう、自分も東峰工業の最前線に立つ気持ちで仕事に邁進したいと思います!
2年2ヶ月、楽しくあっという間の時間でした!ありがとうございました!」
姫川はできすぎた挨拶をし、事務室は温かい拍手に包まれた。
園部や小宮山は感慨深げに頷いていた。
意外だったのが、丸田の涙だった。
「丸田さん~ほんと丸田さんにはお世話になりましたね!
自分が一年目で整備でつまずいてたとき、真っ先に声かけてくれたのが丸田さんで、それ以来何度もご飯ごちそうになって…丸田さんがいてくれなかったらきっと腐ってました」
笹野も丸田の意外な涙につられて、うるっとしていた。
「…姫川、本当に立派になったな。あの頃のお前とは大違いだ。ご栄転おめでとう」
小柴は丸田が喋るのを滅多に見たことがなかったが、気難しい見た目とは裏腹に優しい人柄が言葉の端々ににじみ出ていた。
「姫川!あんたはどこに出しても恥ずかしくない、私の自慢の後輩よ!
シンガポールでもスーパーマン姫川発揮してがんばれ!」
水沢が涙をにじませながら、とびきりの笑顔で姫川を励ます。
「響子さん!響子さんにはなんと御礼を言えばいいのか…
一から十まで仕事を全てたたき込まれて、同時に仕事の楽しさも教えてもらった響子さんには、感謝しかないです!また帰ったら飲み行きましょう!」
あさっての方向を見る香住に、姫川はにこにこと手を振る。
「か~すみさん~」
「んだよ、早く仕事戻りてえんだけど」
「俺、香住さんの下で働けてほんとによかったです。香住さんは常に冷静沈着かつスマートに仕事してて、俺もこうなりたい!っていつも思ってました」
「ふーん。あっそ」
「また香住さんと一緒に仕事したいです」
「俺は願い下げだよ。またぴーぴー泣きつかれても鬱陶しいし」
「ええ!最後までひどいなあー!」
しんみりしていた場が、どっと笑いに包まれる。
しかしそんな中で誰よりも泣いていたのが、小柴だった。
「うっうっ…姫川先輩~~行かないでくだしゃい…」
「泣きすぎだ小柴君~!どうした~!」
「ぼ、僕ぅっ、姫川先輩が、いないとっ…うっ…心細くてっ…これから、どうしたら、うっ…いいかっ…うっうっ」
「だーいじょうぶだ!こんなに心強い先輩方がいるんだから!
本間さんも俺なんかよりもずっと、頼りになる人だから心配することは何もない」
姫川は、小柴の細い肩に手を置く。
「次に会うときは、俺を簡単に倒すくらい強くなってくれよな。
成長した君の姿を見られるのを楽しみにしてるよ!
未来のエースパイロットは君だ!」
最初のコメントを投稿しよう!