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3話 嵐の中で輝けない
「おい!昨日笠井部長からの電話とったやつは誰だ!!」
翌朝、3課の事務室では係長の小宮山が大騒ぎしていた。
「おはようございまーす」
小宮山係長の席の周りにみんなが集まって何やら話しているところに小柴が事務室に入ると、一斉にそちらを見る。
「え?え??」
水沢が慌てた様子で駆け寄った。
「ねえ小柴、昨日笠井部長からの内線取ったの、もしかして小柴?
課長あての電話だったんだけど、折り返しの伝言が課長に伝わってなくて電話すっぽかしになっちゃって、笠井部長すごく怒ってるみたいなのよ・・・
昨日の浅井さんの件もあって、朝から課長本社に呼び出されちゃって」
5秒間フリーズした後、
「あっっっ…!!!」
全身の血の気が引いていった。
「あのなぁ!笠井部長といえば本部役員のド偉い方なんだぞ!わかってんのか新人!
あのお方からの電話をすっぽかすなど有り得ない!前代未聞だ!処分なんかになったらいったいどうしてくれるんだお前!ええ!?」
小宮山の説教はかれこれ30分以上続いた。小柴にとっては朝から最悪のスタートである。
「あの、小宮山さん、すみません…!
もうこれ以上小柴を責めないでください!小柴はまだ新人なので・・・
ちゃんと見ていてあげなかった私に責任があります、申し訳ありません」
水沢は小柴と並んで一緒に立っていたが、見かねてこれまで何度も仲裁に入っていた。小宮山も気がすんできたのかトーンダウンする。
「・・・ったく、新人だからって許されると思うなよ。以後気をつけるように」
「すみませんでした・・・」
がっくりと肩を落とし席に戻る。すると左隣の笹野が、
「小柴。今回は運も悪かったと思うよ。浅井さんの件でバタバタしているうちに忘れちゃったんだろ?あまり落ち込みすぎるなよ」
こそっとフォローしてくれたが、小柴の耳にはあまり届いてなかった。
「(はあ~すっかり忘れてた・・・入社早々やっちゃったなぁ・・・)」
ふと、向こう側の島の浅井の机が目に入る。
机の上には書類が雑然と置かれたままで、まるで昨日から時間が止まっているようだった。
椅子にかけられた作業着の上着を見ていると、浅井がすぐにでも戻ってきそうな気さえする。
「(浅井さん・・・どうなっちゃうんだろう・・・)」
浅井の事件から約一週間後。浅井の長期欠勤が決定した。
さらに本間は全治2ヶ月の入院。
開発機動部3課に突然襲いかかる大ピンチ。
そんな中、新たに二名が3課のガントレイ正パイロットに急遽任命されることとなった。
「ひっ・・・ひいぃ・・・不安だ、不安すぎる。いきなり正パイロットなんて・・・」
電子掲示板に出された臨時の人事通達を見て、小柴はガタガタと怯えていた。
そこには1課と兼任の3年目・姫川、そして入社間もない1年目・小柴の名が。
数日前に園部課長から正パイロットの内示を受けていたが、にわかには信じられなかった。
頭を抱える小柴に声をかけたのは、同じく任命された先輩の姫川だった。
「小柴!いきなり正パイロットなんてすごいじゃんか!一緒に頑張ろうな」
姫川は爽やかな笑顔で小柴を励ます。
「姫川〜あんたがいてくれてほんと助かったよ〜、心強いわ」
「ありがとうございます!響子さん、改めてよろしくお願いしますね」
姫川は当初3課に配属されていたが、途中から1課と兼務をしており、最近3課で姿を見ることは少なくなっていた。
正パイロットの本間や浅井の不在時に、彼は臨時パイロットも務めていたので人材としては申し分がない。
「姫川ァ、またバシバシしごいてやるからな。覚悟しとけよ」
「うっす!香住さんとまたガッツリ仕事できてうれしいです!」
姫川は元ラガーマンとだけあって体格がいい。スポーツマン精神が身についているので溌剌としていて、いかにも体育会系という雰囲気だ。
しかしとっつきづらい雰囲気はなく、いつも明るく笑顔が爽やかなのでむしろ親しみやすさがある。
どんよりとした空気が流れていた3課は、一転姫川歓迎ムードに包まれた。
課長はミーティングルームに3課全員を集め、神妙な面持ちで会議を始めた。
「全員集まったな。まあ知っての通り、浅井は長欠、本間は2ヶ月の入院ということで3課始まって以来の危機が訪れている。
今回、姫川には3課に専念してもらうよう上と掛け合ってきたのでひとまずは安心だが、油断は出来ない。姫川にはこの状況でかなり負担をかけてしまうと思うが、どうか3課の屋台骨として支えてほしい」
「はい!」
「それから、小柴」
「は、はい」
「先に言っておくが、浅井が今後戻ってくる可能性は低い。なので、これから小柴には急成長してもらわねばならん。
ほんとは一年目なんでじっくり教えていきたいところだが、正直ウチの課には今悠長に教えている余裕はない。小柴も即戦力だという自覚を持って仕事に取り組んでもらいたい」
「は、い・・・」
「ま、ちょっとお堅く言っちゃったけど、姫川がいるから多分大丈夫。
それに優秀な先輩達がお前を全力でサポートするから、あまり心配はするなよ」
「小柴、がんばろう」
顔がひきつる小柴に、隣の水沢が優しく声をかける。
「えーあとはそれぞれ一人ずつ、発言してもらおうか。では小宮山から」
課長が促すと、係長の小宮山が姿勢を正す。小宮山はまだ43歳だが、頭の薄毛が進行しているのが密かな悩みだ。と、笹野があとでこっそり教えてくれた。
「えー私からは、まず浅井の引継ぎ案件について。
突発でいなくなってしまったのでみんなに負担がいってしまうかと思うが、引継ぎもれがないように細心の注意を払ってほしい。
あと新人の仕事には注視すること。新人だからといって見過ごさないようにな」
小宮山の所々棘のある口調がちくちくと刺さる。
「引継ぎ事項のリストアップもあわせて頼む。じゃ次、丸田」
丸田は寡黙な男で、いかにも仕事人間という感じだ。小柴はまだ丸田とはまともに話したことがない。歳は40近くとのことだが、プライベートが謎に包まれている人だ。
「異論ありません」
「なし、ね。はい、笹野」
「はい。浅井さんの引継ぎのリコールの件ですが、本間さんと二人でやっていたのでとりあえず後でもう一人担当を決めたいと思います」
笹野は5年目で水沢とは同期同士だ。一年目から3課配属なので、異動してきた水沢よりも3課での在籍期間は長い。
「じゃ、それは小柴でいいよ。笹野、教えてやってくれな」
課長が即答する。小柴がリアクションする間もなくミーティングは進む。
「次、水沢」
「はい。小柴の教育係は私ですが、全てをカバーはしきれないかと思いますので、みなさんも気にかけてサポートしてくださると非常に助かります。よろしくお願いします」
水沢は軽く頭を下げる。
「そうだな。みんな小柴のことは温かく見守ってやってな。次、香住」
香住は気怠く椅子に寄りかかっている。
「特にナイでーす」
「何か一言くらいしゃべれ」
「はー・・・とりあえずがんばりまース」
「よろしい。次、姫川」
姫川は勢いよく立ち上がって、挨拶した。
「3課のみなさん、改めまして姫川、完全に戻って参りました!
まだまだ至らないところはあるかと思いますが、みなさんのお役に立てるよう精一杯がんばりますのでよろしくお願いします!」
姫川の圧倒的なオーラに、思わず拍手が出た。
「姫川、相変わらず威勢がいいな。最後、小柴」
「あ、はいっ。えーっと、まだわからないことだらけなので、とにかくがんばります・・・」
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