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 夜も仕事をする先生のために、僕は自分の部屋を譲った。先生はいま、翻訳作業の真っ最中で、締め切りも迫っているのでとても忙しい。遅くまでパソコンに向かっていて、僕と同じくらい睡眠不足の筈だ。それなのに、嫌な顔ひとつせずに、葵の世話を手伝い、僕の側にいてくれる。  毎日向かい合って、ごはんを食べる。先生は僕が作った料理を、とてもおいしそうに食べてくれる。そしていつも「諒くん、おいしいね」と言ってくれる。僕は、先生のその言葉が大好きだ。  おいしい、ありがとう。そんな言葉が、先生の口からは自然と零れる。それは、なんて僕をしあわせにする言葉だろう。  先生と暮らし始めて、僕は日増しに先生のことが好きになっていく。好きすぎて、時に悲しくなるくらいに。  先生の優しい笑顔も、耳に心地良い良い高さの声も、細い手脚も首も、繊細そうなのに不器用な動きも、全部が全部いとおしくて、自然と腕が伸び、その細い身体を抱きしめそうになる。  そんな時、先生は、目をぱちぱちとさせて、僕を見つめる。そのまっすぐな瞳にはっと我に返って、僕はごめん、と呟く。伸ばした腕が、宙を彷徨う。  先生は頬を染めて、俯く。そして、決まって「お茶でも淹れてこよう」と言う。  先生お気に入りの甘いショートブレッドと一緒にお茶を飲みながら、先生はとりとめのない話をする。帰り道に見た青空がきれいだったとか、そんな話。  僕は先生の話に相づちを打ちながら、ざらめ砂糖がたっぷりとまぶしてあるショートブレッドをじゃりじゃりと噛みしめる。  僕の先生に対する恋心は隠しようがなく、不器用な先生は、それに気づかないふりができない。でも、それでいいのだ。少なくとも、この生活が破綻しなければ。  姉は順調に回復していて、先生と暮らす日々も、もうすぐ終わりを迎えるだろう。だからこそ、僕は先生と一緒に過ごす一日一日を大切にしていきたいのだ。  そして、この生活が終わる時、僕は自分の気持ちすべてを先生に打ち明けようと思っている。
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