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 僕が彼を「先生」と呼んでいるのは、彼が大学の准教授で、僕が専攻している仏文学の先生だからだ。  僕は子供の頃から本を読むのが大好きだった。  子供の頃はリンドグレーンやケストナーの物語に夢中になり、中学生になると海外文学を読み漁った。高校に入るとますます文学一辺倒で、学校が終わるとそのまま図書館に入り浸る、色気ともまったく無縁の高校生活だった。  そんなある日、書店でたまたま手に取った「現代フランス短編文学集」という地味な文庫本が、僕の人生を決定づけることになる。  日本では全く無名の作家による、短編小説のアンソロジー。どの物語も知的で洗練されていて、その中にもユーモアがあって、心を揺さぶられるような感動を覚えた。何度も何度も読み返して、翻訳のすばらしさに圧倒された。言葉のひとつひとつが、緻密で繊細で、それでいて活き活きと輝いている。こんな翻訳がしたい、翻訳者になりたい、という将来の夢が生まれた、まさに運命の瞬間だった。  その本を翻訳者が、偶然にも地元の国立大学で教鞭を執っていると知り、僕は迷わずその大学を志望した。そして、僕は先生と出会った。  ずっと憧れていた先生は、想像よりもずっと若々しくてうつくしい人だった。背が高く、身体も顔もすっと細くて、神経質そうな顔立ちに細い銀縁の眼鏡がよく似合っている。いつもぱりっとした上品なシャツを着ている。  先生の講義は淡々としている上に、声が小さくて、集中しないとほとんど聞き取れない。そのくせ、内容はものすごく濃いのだ。だから僕はいつも一番前の席を陣取り、食い入るように見つめながら、先生の一言一句を聞き逃さないよう必死だった。  思い切って研究室にも足を運んだ。翻訳者になりたいこと、そのきっかけが先生の翻訳した「現代フランス短編文学集」だったことを熱く語ると、先生はすこし照れたように頭を掻きながら、でも微笑んで、「応援するから頑張りなさい」と言った。とても優しい声だった。その声に、その微笑みに、身体がかっと熱くなり、心臓がドキドキと音をたてた。僕が先生に恋していることを悟った瞬間だった。  そんな僕と先生は、現在一つ屋根の下で暮らしながら、一緒に赤ん坊を育てている。  ものすごい偶然と、様々なアクシデントが積み重なって。
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