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「諒くんの誕生日は、いつ?」
「九月三日」
「もう少しだね。二十歳になったら、一緒にお祝いをしよう。お酒、飲んでも大丈夫?」
「多分」
「それなら、とびきりおいしいワインを用意しておくよ」
「先生、お酒飲むんだ」
そういう雰囲気が全然ないから、ちょっと驚いた。
「たくさんじゃないよ。おいしいのをほんの少しだけ。……そうそう、諒くんの夢は?」
逆に訊ねられる。
「そうだな。もっとたくさん本を読んで、フランス語ももっと勉強して、大学を卒業したら留学したい。先生みたいな翻訳者になるのが僕の夢」
「僕が目標?」
「うん。ずっと憧れ続けて、背中を追いかけてる。だから、すごく不思議なんだ。いまの状況が。そんな憧れの人と一緒に葵の面倒見たりしてるなんて」
先生が微笑む。「そうだね、確かに不思議な状況だ」と言いながら。しばらくの沈黙の後、先生がぽつりと呟いた。
「僕は、君みたいになりたいけどな」
とても小さな声だったから、僕は思わず、「え?」と聞き返した。
「僕は、君に憧れてる。君は、若いのにとてもしっかりしていて、ひとに優しくて、何事にも熱心で。僕は、学生の頃、ちっともそんな風じゃなかった。自分のことしか考えられなくて、ただ毎日をやり過ごして生きていたから。君が、とてもまぶしく見える」
目を細めて、本当にまぶしそうに僕を見つめてくる。その瞳のうつくしさに、僕は見入ってしまう。
「先生、小説が書けたら、僕に読ませて」
「……」
「一番に読ませて。約束」
そう言って小指を差し出すと、先生はおずおずと手を伸ばして、僕の小指に自分の小指を絡ませた。お互い照れくさくて、子供みたいにぶんぶんと腕を振って指切りげんまんをした。
「辛口な批評は止めてくれよ。本気で落ち込むから」
「レポート書いて提出するよ。二十枚くらいでいい?」
僕たちはそう言って、笑いあった。
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