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「……僕は、そんなにいい人じゃないよ」  ほかに言葉が見つからなくて、それだけを言い返すと、先生がふわりと微笑んだ。 「君と過ごすようになってから、僕のなかにはたくさんの物語が生まれてきたよ。今まで、どんなに書きたくても書けなかったのに。君と出会って、君と話して、君に恋して、僕はやっと人を愛するという気持ちを知ったんだ。今まで見ていた灰色がかった景色が、突然色つきになって、鮮やかに動き始めた」 「……」 「花も、鳥も、街路樹もみんな、キラキラ輝いて見えるよ。葵のことだって、昔の僕ならきっと可愛いなんて思えなかった。でも、葵の泣き声も、真っ赤になった顔も、なにもかもいとおしいよ。君のことを好きだと思う気持ちが溢れ出して、僕の世界が愛で満たされた、そういう感じなんだ」  なんというしあわせだろう。ずっと憧れていた人が、僕にこんな素敵な愛の言葉を伝えてくれる。僕は嬉しくて、なのになぜか少しだけ切なくて、先生をぎゅっと抱きしめた。 「……死にそう」 「え?」 「しあわせすぎて、死にそう。先生、僕をどうするつもり? こんなこと言われたら、もう他の人なんか絶対いらない。先生だけでいい。だから、お願いだからずっと一緒にいて」 「そのつもりだけど」 「絶対、絶対、約束だよ」 「うん。たとえ君が僕から離れていこうとしても、僕は君のこと、二度と離さないよ」  そう言って、僕たちはもう一度キスをした。先生が僕を見つめる目がすごくあまくて、僕はその視線だけで蕩けそうだった。 「そろそろ起きようか。朝ご飯、食べに行こう。休みの日はいつも、ここから少し先のベーカリーでモーニングを食べるんだ。焼きたてのクロワッサンがすごくおいしいよ」  クロワッサン、と聞いた途端、突然ギュウーとものすごい音で僕のお腹が鳴った。 「行く。食べる!」  勢いよく起き上がって着替え始めた僕を見て、先生がまた嬉しそうに笑った。
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