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 嵐のような口喧嘩は、葵が起きて泣き出したところでぴたりと収まった。姉がミルクを飲ませて、その様子を新さんが眺めている。「小さいなあ、可愛いなあ」と呟きながら。  僕と先生は後片付けをして、食後のアイスクリームを食べた。新さんはソファに座って、葵をあぐらの上に乗せたまま食べていた。あぐらにすっぽりと収まっている葵の姿も、すっかりさまになっている。 「あのさ、実咲と話し合ったんだけど」  そう言って、新さんが真面目な顔つきになった。 「実咲と葵と、一緒にマレーシアで暮らそうと思うんだ」 「……え? 実咲ちゃん、マレーシアに行っちゃうの?」 「いますぐってわけじゃないよ。これから葵の検診とか予防接種とか、いろいろあるから。私もすぐに会社辞めるわけにはいかないし、自分の体調のこともあるから、まあ一年後くらいを目処にって思ってる」 「……」  突然の話に、ショックでなにも言葉が出ない。 「おたがい仕事が好きでいつも働いていたかったし、お金も貯めたかったし、何より諒くんがいてくれるからって甘えてたところがあったんだよ。でも、実咲が突然倒れて、もしあのまま死んでたら、一緒に暮らしてなかったことをすごく後悔しただろうと思ったんだ。仕事よりも貯蓄よりも、家族一緒に過ごす時間を大切にしたいと思い始めて、入院中からずっと話し合っていたんだ」 「私も、実家で諒と住んでた方が楽だし、結局甘えてたんだよね。当たり前のように葵のお世話をさせてしまって、本当に悪かったと思ってる」 「違う。僕は葵も新さんも大好きで、全然迷惑だなんて思ってないよ。実咲ちゃんだって、僕のことをいつも支えてくれてたんだから、僕は当たり前のことをしただけだ」  父と母が残してくれた財産に、姉は一切手を付けなかった。「これは諒の学費や将来のために使って」と言って、これまでの生活費はすべて姉の収入から出してくれていたのだ。 「うん。諒は本当にいい子に育ってくれた。私の自慢の弟だよ。そしていまは秋彦さんが側に居る。だから、私は安心して向こうに行けるんだよ。……秋彦さん、諒のこと、よろしくお願いしますね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」  先生はかしこまって深々と頭を下げた。  僕は胸が痛かった。目頭が熱くなって、必死で堪えようとしたけれど、無理だった。ぼろぼろと涙が零れる。そんな僕に三人が気づいて、はっとした表情になる。 「……諒、」 「……諒くん」 「……だって、……だって!」  僕はとうとう声を出して泣いてしまった。 「……葵と離ればなれなんて、そんなの、嫌だよ、」  ひっくひっくとしゃくり上げて泣く僕の頭を、姉が優しく撫でる。まるで葵をあやす時のように、やわらかくて温かな手の感触だった。
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