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「おいしいおいしい」としきりに褒めながら、先生は僕の手料理を食べてくれた。 「若いのに、すごいなあ。こんなものが作れるなんて」 「先生は料理するの?」と訊ねると、「全くできない。高校卒業して一人暮らし始めてから今まで、一度も作ったことがない」と驚きの答えが返ってきた。 「一度も? いままでよく生きてこられたね」 「だって、朝昼晩、全部学食で食べるから。土日は定食屋か弁当」 「そっちの方がすごいよ。自分で作った方が早いし飽きないし、楽だ」 「包丁が怖いんだ」  本当にいるんだ、こういう人。僕は思わずにやけてしまった。 「先生って、彼女いるの?」  どさくさに紛れて聞いてみたら、苦笑いされた。 「いたら、毎日学食で食べてないだろう」 「まあ、そうだね。でもさ、いつもぱりっとしたシャツ着てるから、」 「毎日生協のクリーニングに出してる。家事もあまりできないんだ」 「……」 「大学の中で暮らしてるみたいなものだから」 「そうか、先生は生協がなかったら生きていけないんだ」  僕の台詞に、先生はくすくすと笑う。 「本を読むことしか知らないんだ。他のことに一切興味がないし、おもしろくない人間だって自覚はあるけど、仕方ない」 「僕はそうは思わないけど。何かをとことん突き詰めてやってる人って、最高に格好いいと思う」  先生が、僕をぽかんとした表情で見つめてくる。 「あの、ごめん。生意気なこと言って」 「……いや、違うんだ。そんな風に言われたから、恥ずかしいというか、何というか……」  元々白く透けるような頬が、ほんのりと赤く染まって、胸が高鳴るほどに色っぽかった。 「嬉しい、のかな。君みたいな若い子に、そんな風に言ってもらえるのは」  いちいちこんな風にでときめいていたら、とても僕自身が持ちそうにない。  まだドキドキし続ける胸を押え、僕はまた大きなため息をついた。
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