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 先生と暮らし始めて、二週間が経った。  僕の日常と言えば、ミルクをあげたり、おむつを替えたり、ヒーヒーと泣き続ける葵を抱っこしてあやしたり、その繰り返しの毎日だ。  自分のペースで動くことに慣れきった僕にとって、これはかなりの重労働だった。どんなに眠たくても葵が泣けば起きなければならない。外出もできない。ただひたすら葵と向き合う日々。  睡眠不足と疲労でイライラしたり、いつまでも泣き止まない葵と一緒に泣きたくなったり。でも、あどけない寝顔を見つめていたら、自然と笑顔になる。葵が心からいとおしくなる。そんな日々。  葵が眠っている間に、本を読んでいる。先生から借りた小説だ。眠れるうちに寝ておかなければと思いつつ、おもしろくてつい時間を忘れて読み耽ってしまう。  先生曰く、文学の翻訳者になりたいなら、良質な日本文学を読むことが大切なのだそうだ。 「鴎外や漱石、芥川、太宰。そういうすばらしい日本文学を若いうちにたくさん読んで、日本語の感性を養っておくこと。それが後々の翻訳作業の礎になるんだ」  いつも横文字ばかり読んでいる先生がそんなことを言うので、僕は驚きと同時に深い感銘を受けた。先生おすすめの日本文学を教えてもらって、少しずつ読み始めたところだ。  僕はまだ知らないことがたくさんある。 「世界を知るということは、常に自分を開いていなければならない」  そう先生が講義で話していた言葉の意味が、ようやくすこしだけ理解できた気がした。  先生は夕方早めに帰宅して、葵を見てくれる。僕はその間に、姉の病院へ行き、買い物を済ませる。大抵一時間程度の外出だけど、貴重な気分転換の時間だ。
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