405人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
2
先生と暮らし始めて、二週間が経った。
僕の日常と言えば、ミルクをあげたり、おむつを替えたり、ヒーヒーと泣き続ける葵を抱っこしてあやしたり、その繰り返しの毎日だ。
自分のペースで動くことに慣れきった僕にとって、これはかなりの重労働だった。どんなに眠たくても葵が泣けば起きなければならない。外出もできない。ただひたすら葵と向き合う日々。
睡眠不足と疲労でイライラしたり、いつまでも泣き止まない葵と一緒に泣きたくなったり。でも、あどけない寝顔を見つめていたら、自然と笑顔になる。葵が心からいとおしくなる。そんな日々。
葵が眠っている間に、本を読んでいる。先生から借りた小説だ。眠れるうちに寝ておかなければと思いつつ、おもしろくてつい時間を忘れて読み耽ってしまう。
先生曰く、文学の翻訳者になりたいなら、良質な日本文学を読むことが大切なのだそうだ。
「鴎外や漱石、芥川、太宰。そういうすばらしい日本文学を若いうちにたくさん読んで、日本語の感性を養っておくこと。それが後々の翻訳作業の礎になるんだ」
いつも横文字ばかり読んでいる先生がそんなことを言うので、僕は驚きと同時に深い感銘を受けた。先生おすすめの日本文学を教えてもらって、少しずつ読み始めたところだ。
僕はまだ知らないことがたくさんある。
「世界を知るということは、常に自分を開いていなければならない」
そう先生が講義で話していた言葉の意味が、ようやくすこしだけ理解できた気がした。
先生は夕方早めに帰宅して、葵を見てくれる。僕はその間に、姉の病院へ行き、買い物を済ませる。大抵一時間程度の外出だけど、貴重な気分転換の時間だ。
最初のコメントを投稿しよう!