七話目 「渋滞待ち」

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恐る恐る、もう一度左に目をやると、 まだ顔があった。 女だ。 しかも、笑顔の。 ピンポン球ほどの眼が、あり得ないほど上向きに弧を描き、口角は耳横くらいまで吊上がって血まみれの歯が見えた。 白色のニコちゃんマークをイメージして欲しい。あれがそのままリアルな人間で表現されていたら―― 血が通っていないのは誰が見ても明らかだ。 人の顔じゃなかった。あれは、もう……。 男は数秒と直視できなかった。 今後何度も思い返しては吐き気を催す、と確信していた。 思い出したように煙草を口に持って行くと、一息で残りを吸い終えた。 大きく紫煙を吐き出しても、痙攣する指に挟んだ煙草の吸い殻から灰がボロボロこぼれ落ちた。 もう、渋滞の苛立ちなど消滅していた。
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