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弁当とBENTO
一日目の朝は浩輔に紹介されて始まった。次はどうすれば良いのか分からず福田は指示待ちの警察犬のように両膝をぴたりと付け正座していた。
「今日は、私は仕事です。スーパー勤務なので、駅のそばのマルカケ屋です。福田さんはどうされますか?」
どうされますかと、問われて何も答えを用意していないと福田は焦った。
「あ、僕は特に……あの子、浩輔君は」
「隣の大谷さんに預かっていただきます。いきなり福田さんにお願いしますというわけにもいきませんから」
「では、何かやることがあれば教えてください」
「それは助かります。けれども今日は初日ですし、ゆっくりしていてください。鍵は渡しておきます」
上に向けて開かれた葛生の手の上には鈍く光る金属があった。それを見ながら福田は複雑な心境になっていた。一年半前、鍵を渡す渡さないで喧嘩したことを思い出した。無理矢理転がり込んで三ヶ月、それから破綻するまでの時間は想像していたより短かった。
「あの、信頼していただくのは嬉しいのですが。その」
昨日の夜、眠る場所があったことには感謝しても、ここで子育ての手伝いをするというのはあまりにも現実から遠い気がしてしまうのだ。
「鍵がないと不便ですから」
葛生の笑顔に後押しされて、その手の上にある小さな金属を受け取った。
「お昼はどうしますか?スーパーの惣菜でよろしければ」
次々と進んでいく事態に頭がいっぱいになり福田はもう考えることを止めた。とりあえずここに居て良いと言われていることに感謝することにしたのだ。
「あの、マルカケ屋ですよね。取りに伺いましょうか」
「ああ、それは助かります。コウの分と一緒に取り置きしますから。呼び出してください」
家の中のものは自由に使って良いこと、和室には入らないで欲しいことその二点を言い残すと葛生は白い軽自動車に乗り福田の行きつけのスーパーへと出勤していった。
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