12話

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12話

ダイベンガーの臍に吸い込まれる瞬間、僕はおかしなデジャブを感じた。体が圧迫されてねじれてバラバラにされ、そして排出されるときにもう一度いっぺんに再構成されるような不思議で爽快な感覚、それは僕がこの世に生まれた時の記憶なのかも知れない。母親の胎内から生まれてくるときには、誰しもこんな風に狭くてヌメヌメした穴を通って外に出てくるはずだ。だからこれはその時の感覚に違いない。しかし僕は、どうにもそれだけじゃ無い様な気がしていた。もっと最近、そうだ、もっと最近だ。こんな風に狭い穴を通って何処かから・・・・・・。 「ううーん、ここがダイベンガーの中か。何だかジメジメして暖かいなー」  僕はダイベンガーの中にいた。中は真っ暗で、取りあえず辺りの広さを確かめるために手を伸ばしてみた。だけど僕の通って来た狭い穴は、真っ直ぐな穴では無く、途中でウネウネと曲がっていたのだ。そのせいで上下の方向感覚さえ失っていた。 「あ、こら変なとこ触るな!」  バチンッ  ブラカスちゃんの声がして、ホッペを思いっきり叩かれた。今日、ブラカスちゃんに叩かれたのは二度目だ。でも暴力じゃ無い、これは二人が親しくなった証拠だと思う。 「ごめん、まだ目が慣れて無くて」 「ひゃああ、エッチです~」  エメドラちゃんの声が僕の耳のすぐ近くで聞こえた。 「この野郎、またか」  バチーン  今度のビンタはさっきよりも更にスナップが効いていた。当たり所も耳のすぐ近くで、ビーンという音が鳴り響いている。  僕はこれ以上ブラカスちゃんに叩かれないように、とにかく目が慣れるまで身動きせずに固まることにした。 「で、でも、とにかくここなら安全で、一安心だね」  僕はなるべく動かないように、その場を和ますために二人に話しかけた。 「でも、ここにずっとこうして動かずにいるわけにも行かないじゃ無いか」  ブラカスちゃんの声がして、僕のホッペに息がかかったような気がした。それから、後頭部にポヨンポヨンという何かが押しつけられる感触を感じた。 「そうだよお腹だって減るだろうし、そうしたら外に出ないわけには行かないよ。これから私たち、どうなるの?」  エメドラちゃんの声が聞こえて、僕のうなじにこそばゆい息がかかった。それから突然、膝の上にプリンプリンと弾む、柔らかい感触を感じた。 「大丈夫だよ。この人面岩は実は巨大ロボットで、あ、名前はダイベンガーっていうんだけど、それで僕らを乗せて砂漠の外まで連れて行ってくれるんだ」 「へー、これって便利な乗り物だったのかー」  後頭部のポヨンポヨンが言った。 「ねえ、じゃあ早く動かしてよー。ここ熱くって」  膝の上でプリンプリンが言った。 「待っててね」  ようやく目が慣れてきた僕は、暗闇の中にボタンらしきモノが四つ、二組ずつ少し離れて配置されてあるのに気がついた。せっかくなので両手を伸ばしてそれぞれのボタンを押してみる。 「アアン!」 「ヒャン!」 「ど、どうしたの二人とも・・・・・・」  ぼくは二人の尋常で無い悲鳴に戸惑って、手を止めた。 「ん、何でも無、いから、んんっ#・$」 「へ、へいきひぇいき%&#、ひょ、ひょぇぇ」 「ほんとう? 二人ともすごく変な声だちゃって」 「いいから・・・・・・ほんとうにいいかりゃ」 「だいじょうびゅ、だいじょうびゅ、あああ」  僕は二人が大丈夫だと言うので、気にせずにダイベンガーのボタンを押して運転を続けることにした。目の前のあったボタンを何度も押して、レバーらしきものをグイッと前に押し倒す。  ポヨンー 「hわわ」 「ンンンッ」 「ごめん二人とも、気が散るから少し黙ってて」 「りょーかいい」 「りょーああああ」  突然、シューというガスが漏れるような音がして、目の前が赤い光で少し明るくなった。周りの壁全体から照らされるような感じで、光源はそこいら中にあるようだ。そして初めて僕は、ダイベンガーの内側をこの目でハッキリと見ることが出来るようになった。  ダイベンガーの内側の様子は、何だがヌメヌメした光沢があって、どこもしっとりと濡れているようだった。周りは蜂の巣状のドクドクと脈打つ肉の網目模様で囲まれて、その間を薄い膜が埋め尽くしている。その向こうから赤いほんのりとした光が、ここの僕らがいる空間を照らしている。僕らのいる空間はすごく狭くて、僕とエメドラちゃん、ブラカスちゃんの三人の体でほぼ埋め尽くされていた。  エメドラちゃんが僕の膝の上に乗っていて、顔を真っ赤にしながら僕の顔を見つめていた。目が合うと「プイッ」と前を向いてしまった。  ブラカスちゃんがいるであろう後ろが気になって後ろを振り向こうと頭を動かそうとすると、「後ろ向いたら殺すからな!」というブラカスちゃんの声が聞こえた。 「僕の鼻の所に、何か細く伸びきった布か何かが引っかかって痛いんだけど、ブラカスちゃんなんとかならない?」 「今やってるんだ!」  僕の目の前を、ブラカスちゃんのレザーグローブをはめた手がしばらく行ったり来たりしていたが、その努力は膝の上のエメドラちゃんの悲鳴にかき消された。 「ひょえええ、あたしの膝の上に何かいます!」 「やっぱりか!」  後ろにいたブラカスちゃんが僕の頭を乗り越えてエメドラちゃんのいる前に出ようとする。ホッペに何か柔らかいフワフワとしたものが当たる感触がした。この位置はもしかして??? 「キャッ」 「うわあぁぁ、何か顔に」  ブラカスちゃんのオッパイの感触に意識を集中しようとしていたところに、顔面の真正面から何かが張り付いてきた。 「エ、エ、エ、エイリアンだーエイリアンだー」  口から産卵管を差し込まれてエイリアンの卵を産み付けられると思った僕は、思わず取り乱して大きな叫び声を上げた。 「バカ、こんな狭いところで暴れるな」 「クチクチクチ、ぼくのクチー」 「エイッエイッ」  ポカ、ポカ  ドスン、ポロン 「やった、捕まえたぞ」  ブラカスちゃんの声が言った。 「ゲロゲロゲー小娘、その手を離せー」  僕らは得体の知れない第三者の声に驚き、揃って叫び声を上げた。 『な、なんか、しゃべったー』 「み、見えない見えないよ。ブヨブヨして柔らかいけど、便器ちゃん見て、どんな奴だ」 後ろから手を伸ばしてエイリアンを捕まえているブラカスちゃんが言った。 「顔の近く過ぎて分かんないよぅ。うう、なんか臭い、エメドラちゃん見てよ」 「・・・・・・」  しかしエメドラちゃんの反応は無い。 「ヨウこの白いレディー、泡吹いて失神してるぜ」  ブラカスちゃんの手の中の物は、そう言うとニュルンと僕の視界から消えた。 「うひゃあぁぁ逃げた!」 「失礼な、魔界の貴族であるこの私が逃げるなどとは、笑止千万!」  声はエメドラちゃんの膝の上から聞こえた。見ると、そこには黒いタキシードとシルクハットをかぶった赤いカエルが腹をこちらに向けて二本足で立っている。カエルは黒いステッキに体重を預けながら、腹を膨らませてこちらを威嚇しているようだった。 「ブラカスちゃん、こいつ何?」  僕の頭の上から頭を出して、生き物を覗きこんでいた博学なブラックカオスドラゴンに聞いた。 「ええ、オレ分からないよ。このガンバリパークにこんな変な生き物、今までに見たことない」  ブラックカオスドラゴンの先祖代々の記憶を受け継ぐブラカスちゃんが知らないという事は、今までにこのガンバリパークに存在したことが無い生き物、この生き物は本当に魔界の住人、この世界の生き物ではない可能性があるという事だ。 「オイ、おまえは一体何者だ」  僕はこの奇妙なカエルに質問した。 「ふふふ、この地獄の魔神、ダイベンガーに乗り込んでくるズルンズなら、とっくにご存じの事と思っていましたけど、どうやら人違い、いやズルンズ違いの様ですな。よろしい名乗りましょう」  カエルは尊大に膨らませた大きな胸をさらに膨らませ、咳払いをしてから言った。 「オッホン、私の名前はメFィスAティス・フェルKLディナンド・フィティSティス。ズルンズの言葉では発音すればメフィスト・フェレスとでも言いましょうか。魔界の貴族であり時空の旅人、そして値打ちのある魂を見つけては売り買いする目利きの魂商人でもございます。以後、お見知りおきを・・・・・・」  メフィスト・フェレスと名乗ったカエルは、そう言って帽子を脱いで丁寧にお辞儀をした。 「なに、おまえが、おまえがあのメフィスト・フェレスだというのか」  僕は驚きの声を上げた。 「ほう、あなたは私の名前を知っている・・・・・・ふむ、後ろのこの世界の知識の化身であるブラックカオスドラゴンでさえも知り得なかった私の名前を知っていると」  そう、僕にはカエルが名乗った名前に聞き覚えがあった。それは、確かダイベンガーの映画に登場するキャラクターで、ダイベンガーとの契約をサポートする役目を持っていたキャラクターのはずだ。しかし映画に登場したメフィスト・フェレスは、もっとハンサムなイケメン俳優が演じていたはずだ。 「おい、メフィスト・フェレス。おまえが本当にメフィスト・フェレスなら、僕がダイベンガーと契約するために、おまえは僕と取引をするんじゃないのか」  僕は映画のシーンを思い出し、単刀直入に言った。 「はて、あなたと取引ですか? 確かに私は個人的に魂を売り買いして、その見返りとして様々な特典をプレゼントする事も出来ますよ。しかしそれは、私個人の取引でして、かの魔神、ダイベンガーとの取引は当人どうしで行われるべきでは無いでしょうかね」  メフィスト・フェレスは帽子のホコリを払うような仕草をしながら言った。 「じゃあ、おまえはダイベンガーの中でいったい何をしているんだ。どうしてここに、ダイベンガーの中にいるんだ」 「どうしてと言われましても、私がここにいるのはプライベートな事情、私の勝手じゃ無いですか。むしろあなた方の方が勝手にこちらに入ってきたんでしょう。私はここで快適に過ごしていたのに、あなた方が入ってきたせいでここはすごく狭くなってしまって、たいへん迷惑しているんですからね」  メフィスト・フェレスはもっともなことを言う。 「なあ、こいつもこの便器と一緒で、そのダイベンガーとかいう奴を動かすのに必要なのか?」  ブラカスちゃんが後ろから言った。 「ほうほう便器ですと? そうするとあなたは今、便器をお持ちでいらっしゃる・・・・・・」  メフィスト・フェレスはブラカスちゃんが便器の話しを持ち出すと、俄然興味を示した風に大きな目を更に大きくして、瞳を輝かせた。 「なんだ、便器にやたら食いつきやがったな。これ、この便器、もしかして取引に使えるんじゃ無いか」  エメドラちゃんが後ろで、僕の便器をバンバン叩いて言った。  便器を取引に使う? まさか、この便器はタダの便器じゃ無い。僕に取って、命よりも大切な便器なんだ。  僕の心に便器への愛着がカッと一瞬にして燃え上がり、ブラカスちゃんと言えども今のセリフはとても聞き捨てならない物に思えた。 「なっなんだよ、怖い顔して・・・・・・」  ブラカスちゃんに言われて気がついた。僕はつい振り返って、ブラカスちゃんの顔を睨みつけてしまっていたのだ。 「ちょっと拝見」  ブラカスちゃんに謝ろうと口を開いた瞬間、メフィスト・フェレスは突然飛び上がって僕の肩に乗った。 「あ、こいつ!」  捕まえようとしたけれど、僕の体はブラカスちゃんとエメドラちゃんに挟まれて身動きできない。膝の上でエメドラちゃんの体がぐらぐら揺れた。 「ほうほう、ほほーこれはこれは、確かに興味深い・・・・・・」 メフィスト・フェレスは、僕の肩に乗って耳元で何やら独り言を言っている。というか、僕の大事な便器を失礼にも無断であちこち観察しているのだ。 「おい、止めろ。オレの大事な便器に勝手に触れるな!」  僕の乱暴な言葉にもメフィスト・フェレスは態度一つ変えずに、 「ほほう、そんなにこの便器が大事なのですか。ふーむ、やはりこれは間違い無いようだ、しかも入り口を便器の蓋がピッタリと覆っている。これは・・・・・・」  と、一人で考え事を続けている。そして突然、パチンと手を叩くと、一言。 「よろしい、この便器、いえ、あなたと取引しましょう!」 「おいメフィスト・フェレス、一人で何を決めてるんだ。オレは取引なんてしないぞ、この便器はオレの物で誰にも渡さないからな!」  尊大なメフィストの態度に腹が立った僕は言い返した。 「いーえ、めっそうも無い。別に私は便器を渡せと言ってるんじゃありませんよ。ただ、あなたに(正確にはこの便器ですが)興味を持ったと言うだけです。それにどのみち、このダイベンガーは現在一人で立ち上がることは出来ない。魂を失っているんです。あなた方はこのダイベンガーを動かすのが目的でしょう? でしたらどっちみち、魂を交換する必要があるんです」  魂を交換? 突然出された条件に、僕は絶句した。ダイベンガーを動かして、二人をこの砂漠から救うには、僕は魂を失わなければいけないのか?   僕が質問する前に、メフィスト・フェレスは僕の考えを察して答えた。 「別にあなたの魂で無くても結構です。それに永遠にずっとというわけでもありません。今必要な時間だけ、魂を貸してくれたらそれでいいのです。まあ、電池みたいな物ですな。ダイベンガーが動いている間だけ、ダイベンガーの魂の代わりになってこの巨体を動かすわけです」  メフィスト・フェレスは説明した。 「そ、それじゃあ、魂は返ってくるんだな。だったら僕の魂を使えばいい」  僕はメフィスト・フェレスに提案した。そして、これで二人にアムリタのお返しが出来ると思って嬉しくなった。しかし、メフィスト・フェレスは言った。 「ノンノン、あなたの魂ではいけませんね」 「何故だ」 「それは、魂のシンクロニシティの問題です」  メフィストは言った。 「先ほど、私はダイベンガーは魂を失ったと申しましたが、それは正確ではありません。魂はダイベンガーの中に、今でも確かにあるんです。しかし、ダイベンガーの魂は、永遠に目覚めることはありません。それは、さる高貴なる地獄の乙女の水浴びをのぞき見て以来、自らその瞬間の感動的な思い出のために、永遠に時を止めてしまったからです。ダイベンガーの魂が時を止めている以上、魂に触れることは出来ないし、心を動かすことも出来ない。ですから、魂は失われたも同然です」 「そんな事を聞いているんじゃ無い。どうしたらダイベンガーを動かせるんだ。僕が聞きたいのはそれだけだ」  僕は、メフィストの悠長な思い出話に付き合う気は無かった。大事なのは誰の魂を要求しているのかだ。 「ですから、シンクロニシティの問題と言っているでしょう。話しを最後まで聞きなさい」  メフィスト・フェレスは便器の側から再び離れて、もう一度エメドラちゃんの膝の上にぴょんと飛んでいって戻った。 「コホン、ではお聞きなさい。まずはダイベンガーの状況は説明の通りです。現在魂を持ったまま、その時を止めて何に対しても反応することがありません。そして本来、ダイベンガーは不死身かつ傍若無人な魔神ですが、かつてその行いが故に魔界でも恐れられ、討伐の標的となっていたのです。しかし不死身であるダイベンガーは決して殺すことが出来ません。そしてその比類無き力を束縛して封じ込めることはいかなる道具を使っても出来なかった。故に魔界の人々は知恵を集め、その魂を支配する方法を考え出したのです。それは術者の魂をダイベンガーの魂と共鳴させ、意のままに操るという方法だったのです。そして、その秘術を受け継ぐのがこのメフィスト・フェレス十六世という事なのです」  と、ここでメフィスト・フェレスは一息を付いた。 「おまえ、メフィスト・フェレスの十六世だったのか」  僕はつい思ったことを口に出して話してしまった。メフィスト・フェレスは僕の独り言を質問と解釈して、待っていましたとばかりにカエルの口をグニャリと歪めてニヤリと笑って説明を始めた。 「よくぞ聞いてくださいました。私、メフィスト・フェレスは魔界の貴族であり代々この名前を受け継いで私の代で十六代目となります。そして私は見ての通り峰麗しいカエルの姿でありますが、私の父はジャッカルでその父である祖父はゾウ、と言うようにその姿も先祖代々それぞれ別々の姿を持って生まれてくるのです。その姿は魂の性質を象徴する物で、そもそも初代メフィスト・フェレスは雄牛の姿をした・・・・・・」 「あああ、いい、いい。おまえの生い立ちや家系はいいんだ。それよりも早くダイベンガーの魂を操る方法を教えてくれ。おまえがダイベンガーの魂を操る秘術を受け継いでいる、そういう話しだったよな」  ブラカスちゃんが後ろから、僕が言おうとしたことを言った。 「ふむ、ズルンズとはせっかちが生き物ですね。時間など幾らでもあるでしょうに。何しろこのダイベンガーの中にいる限りは、外からのいかなる脅威も無意味なのですから。まあ、いいでしょう。お急ぎとあればお話を続けましょう。えーコホン、ではダイベンガーを操る方法でしたな。ふむ、単刀直入に言いましょう。今のダイベンガーは魂の時が止まっています。そのために、私が先祖から受け継いだ秘術を使っても、現在のダイベンガーを操ることは出来ないのです。ではどうするのか? ダイベンガーとシンクロできる魂を用意してダイベンガーの魂と繋ぎ、その繋がった魂を動かすのです」 「どういうことだ!」  僕は聞いた。 「どういうことだ?」  ブラカスちゃんも聞いた。 「・・・・・・ですから、今いったでしょう。ダイベンガーとシンクロできる魂を用意してダイベンガーの魂と繋ぎ、その繋がった魂を動かすと」 「??」  僕はもう一度聞いてもよく分からなかった。 「ブラカスちゃん、分かった?」 「ううん、やっぱりよく分からないな。もしかしてこいつ、今みたいにこんがらがった話をして、オレたちを騙そうとしているんじゃ無いか?」  ブラカスちゃんは言った。  確かに、ブラカスちゃんの意見は筋が通っていて、説得力があった。だんだんメフィストが実際に僕らを騙そうと、わざと複雑な話し方をしたり、話しを引き延ばしたりしているような気がしてきた。 「おいメフィスト! おまえ僕たちを騙そうとしてるんだな。おまえ悪魔だもんな、そうなんだろう」  僕はメフィストを脅かすように睨んですごんだ。 「はーやれやれ、そこの便器さんとやらやともかく、ズルンズの中でも賢いとされるブラックカオスドラゴンでもこの調子とは、いやはや、ブラックカオスドラゴンが賢いというのも所詮はズルンズの基準、いえいえこれも魔界人特有の回りくどいコミュニケーションのし方のせいか・・・・・・」  メフィストは一人でブツブツ言って、それから手を叩いて言った。 「つまり、こうです。ダイベンガーは魂が止まっています。そこで同じように魂の動きが止まったズルンズがいます。それはこの白い色のズルンズです。私はこの白いレディーの魂をダイベンガーの魂とつなぎます。後は、このレディーが目を覚まさないように気をつけながら、あなた方がこの体を動かします。そうすればダイベンガーは動きます。分かりましたか?」  メフィストはすごく単純で歯切れの良い説明をした。 「うう、今のはすごく分かりやすかった、分かったような気がする」僕は言った。 「なんだよ、それだけの事かよ。だったら最初っからそう言えよ」ブラカスちゃんも言った。 「ご理解頂けたようですね。で、という事は取引すると言うことで宜しいんですね」メフィストが言った。 「え!」  僕はメフィストに質問されて気がついた。そうだった、取引だった。僕はエメドラちゃんの魂を、本人が気を失っている間に勝手に取り引きしようとしているのだ。 「どうしようブラカスちゃん、エメドラちゃんの魂をダイベンガーの魂と繋げるって」 「分かってるよ、でも仕方ないだろう。本人は気を失ってるんだし、ダイベンガーを動かさないと、ずっとここにいるって事になるんだろう。おいメフィスト、エメドラちゃんが目を覚ましたら、そしたらもうダイベンガーとはシンクロできない、そう言う事だよな?」  ブラカスちゃんが聞いた。 「さすがブラックカオスドラゴンですな、飲み込みが早い。そういう事です」 「ホラね、元々選択肢は無かったんだ。さっきこいつが言ったシンクロニシティーってこういう事だったんだよ。エメドラちゃんがいま気を失ってるのは偶然なんかじゃ無い。必然的な偶然、運命なんだよ。だから便器ちゃん、エメドラちゃんの事は気にすることない。契約するんだ」  ブラカスちゃんが言った。 「・・・・・・」  でも僕は答えられなかった。あったばかりのメフィストの事が信用できないという事もあるし、それに大事な友達の、しかも女の子の魂を言われるままに差し出して、それが本当に男のする事だろうかと、そんな風に思ったのだ。 「ブラカスちゃん、やっぱり僕にはそんな判断は出来ないよ・・・・・・」  僕は自分に課せられた選択の重さに、すっかり自身を無くしてしまった。  そんな僕にブラカスちゃんはフッとため息をついて、それから言った。 「分かったよ、それじゃあオレが代わりに契約してやる。おいメフィスト、このブラックカオスドラゴンの名において、エメドラちゃんこと、グリーンエメラルドドラゴンの魂を」 「ちょ、ちょっと待ってブラカスちゃん!」  僕は慌ててブラカスちゃんを引き留めた。 「何だよ、便器ちゃん。便器ちゃんが嫌だって言うからオレが代わりに」 「いや、ダメだよ。そんな・・・・・・。それじゃあまるで、僕が嫌なことから逃げて、代わりにブラカスちゃんに責任を押しつけてるみたいだよ」 「みたいじゃ無くて本当にそういう事だろ。でもいいじゃんかそんな事は気にしなくても、オレが代わりに契約すればそれで」 「嫌だ、嫌だ、だったら僕が、僕が契約するから」 「・・・・・・」  ブラカスちゃんは僕の言葉に、何も言い返さなかった。まるで僕の事が理解できないとでも言いたいのだろう。そうさ、きっと分らないよ。でも、これは僕が自分で決めないといけない事なんだ。 「メフィスト、一つ聞きたいんだけど、おまえのことを信用するには、おまえが本当にエメドラちゃんの魂でダイベンガーを動かせるという、何か証拠を見せて貰いたいんだ。それが出来れば、僕はおまえと契約するよ。おまえは僕に、その証拠を見せることが出来るのか?」  僕は、最後の防衛線を引いた。それは大事な友達の魂の尊厳と、それから僕の男としてのプライドを守る最後の防衛線だ。 「ふう、面倒くさいお方だ。さて、どうすれば・・・・・・」  メフィストは腕組みをしてしばらく考え込むように黙った。そして「分りました、簡単です」そういって、ピョンとジャンプするといきなり持っていたステッキで、エメドラちゃんの頭を叩いた。  バチンッ 「あ、おまえ何をするんだ!」  僕はいきなりエメドラちゃんの頭を叩いたこの悪魔を捕まえようと、ぎゅうぎゅうのダイベンガーの中で身動き出来ない手を伸ばそうとした。しかし狭すぎて手は思うように動かない。 「これこれ、お待ちなさい。これが証拠ですよ」  そう言って、またエメドラちゃんの頭をステッキで何度も叩いた。  ベチベチ、ベキッ  あんなに強くステッキで頭を叩いたら、エメドラちゃんの頭が馬鹿になってしまう 「こら止めろ、この悪魔め!」  僕は渾身の力で体を動かそうともがく。 「うえ便器ちゃん、苦しい」  背中で、僕の体と壁、それと便器に挟まれたブラカスちゃんがうめき声を上げた。 「く、どうすればいいだー」 「どうですか、これが証拠ですよ。こんなに激しくステッキで頭を叩かれたら、普通は気を失っていても目を覚まします。でもこの方は全く目を覚まさないでしょう。つまり、この方はダイベンガーを動かすために運命の必然によって今、意識を失っているという証拠なのです」  メフィストはエメドラちゃんの頭の上で、胸を張って説明をした。 「そんなのが証拠だなんて信じられるか!」 「そうですか、まだ不十分ですか、それならもっと」  メフィストはそう言って、もう一度ステッキを大きく振りかぶった。エメドラちゃんの頭には、可哀想に瘤が出来てしまっている。 「わかった、わかった認める、認めるよ、契約成立だ!」  僕は大声で叫んだ。
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