6話・狼がシジミにかわる朝

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*  * * 「うっ、てて……」 「江本さん、どうしたの?」 腰の痛みに悶える私に、庶務課の主任が声をかけてくる。 「ちょっと、腰が……」 「昨夜は彼氏と激しかったのかな」 「やだ、変な想像やめてくださいよ」 こういう時は『セクハラです』なんていきり立つよりも、聞き流すほうが楽だ。 「もしかして、お相手は相田だったりして」 主任の軽口に、ハイエナ軍団が殺気立つ。 「まさか、違いますよ」 しっかりと否定してから、これ見よがしに伝票のファイルを開いた。 それでも続けようとする空気の読めなさが、勤続30年。万年主任たる所以(ゆえん)だろう。 いっそ『相手は桜田課長です』と言って、課内を凍りつかせてみようか。 良からぬ想像に思いを馳せていると、『おはようございます』と、入り口で爽やかな声が響いた。 「相田さんっ。今日のネクタイ、すっごく可愛いですねっ」 ハイエナのリーダ、原口静香が鼻にかかった声で立ち上がった。
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