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「ねえ巴ちゃん……主任って、いつもあの調子なの?」
「あの調子、とは?」
「ほら……彼氏と激しかったのか、とか。完全にアウトでしょ」
ああ、最初から聞いてたんだ。
『そうですね』とうなずくと、穏やかだった彼の目がわずかに表情を変えた。
「……つらくない?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そっか。けど、理不尽に押し付けられた仕事を淡々とこなして、女子社員の嫌がらせも笑顔で受け止めて……巴ちゃん、頑張り過ぎだよ」
彼の言葉に、胸の奥でうずくまっていたわだかまりが解けていくのを感じた。
見ていてくれたんだ……
もう、それだけで十分だった。
酒乱でギャンブル狂いの父親。母親への恨みごとを聞きながら育ち、唯一の身内を無くした後には借金だけが残って。
そんな環境にくらべたら、これくらいはなんでもないと思っていた。
だけど、ほんの少し優しい言葉を掛けられただけで、目頭が熱くなるなんて……
もしかしたら、知らないうちに積もり積もったものがあったのかもしれない。
「相田さんは、不思議な人ですね」
潤んだ目を指先で拭いながら言うと『涼平さん、でしょ』と返されて、クスリと笑ってしまう。
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