2話・同情するなら安定をくれ

9/18
6438人が本棚に入れています
本棚に追加
/529ページ
「そうですねえ。全体的に熱量が乏しいところ……ですかね。淡々と流れる冷えた文章なのに、優しい描写を散りばめることで、必死にそれを隠そうとしている」 あ、ここ。 ページをめくる手を止め、開いた本を差し出した。 「この章の冒頭『僕は人の気持ちが分からない。分かろうとも思わない』……これなんてまさに作者の人間性だと思うんです」 コホン――と、乾いた咳ばらいをした課長が本を私の方へ押し返す。 「なかなかの観察眼ですね。しかし今の説明ですと、この作家を好きだという理由にはなりません」 「うーん、好きというよりは興味でしょうか」 「どんな」 「なぜ小説家になろうと思ったのか。他人に興味がないくせに人間を描く仕事を選ぶなんて、ドMなのかなあ……とか」 驚いたことに桜田課長が、クククと笑いはじめた。 おお、この人でも声をあげて笑うんだ。 なんて珍しい光景、動画でも撮ろうかしらと、スマホに手を伸ばしたときだった。 不意に笑いをおさめた彼が、人差し指でメガネのフレームを押し上げた。
/529ページ

最初のコメントを投稿しよう!