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課長は何かを考えるように、両手の指を組んでうつむいている。
親はいるが家族と呼べる存在ではない。
そう言い切った理由が、今なら痛いほどに分かる。
一刻も早く、この冷たい場所から連れ出したいと、そう思った。
「課長」
覚悟を決めて、彼を呼ぶ。
「もとより、契約解除は覚悟の上でした。実は、人事部へ引き継ぎの相談に、行くところだったんです」
顔をあげた課長と、視線が絡んだ。
「だからもう、帰りましょう。ニコニコ弁当、閉まっちゃいますよ」
私が笑うと、課長は驚いた顔をした。
そうして、数回瞬きをしたあとに、小さな笑顔を返してくれた。
「そうですね……台風が来る前に帰りましょうか」
「はい」
「いくら話しても平行線ですので、本日はこれで失礼します。僕の進退については、後日また」
課長が出口に向かったので、私も慌てて立ち上がる。
「失礼します」
「ああ、気をつけて」
頭を下げた私に向けられた、社長の困ったような表情は……やっぱり、課長のそれとよく似ていた。
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