5話・シジミが狼にかわる夜

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「ついに観念しましたか」 からかうような口調に、目を閉じて無言でうなずく。 かなうはずがなかったんだ。 恋愛経験さえない私が、こんな上級者コースみたいなひとに。 課長の手が、ワンピースの前ボタンを摘みあげる。 子供のころテレビで見た映像が、まぶたの裏に浮かんだ。 照りつける太陽光に晒された、サバンナ。 ライオンに追い詰められ、悟ったように身を横たえるインパラ。 望遠カメラが、哀れな敗者の最後の表情をとらえ。 そこに浮かんだ恍惚ともとれる眼差(まなざ)しに、正体不明の疼きを覚えたことを思い出す。 「優しくしてください」 せめてもの願いを口にした。 するとボタンを外していた手が、動きを止める。 「……課長?」 薄くまぶたを持ち上げると、課長は幽霊でも見るように目を見開いていた。 それから、ぽかんと開かれた口がキュッと結ばれ、滑らかな首の中心に鎮座する喉ぼとけが波打った。 「課長……どうかしましたか?」 「え、あ……ああ、なんでもありません」 二度の呼びかけにようやく答えた彼は、水浴び後の大型犬のように、ブルブルと首を振る。 その頬が赤らんで見えたのだけど、気のせいだったのだろう。
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