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「ついに観念しましたか」
からかうような口調に、目を閉じて無言でうなずく。
かなうはずがなかったんだ。
恋愛経験さえない私が、こんな上級者コースみたいなひとに。
課長の手が、ワンピースの前ボタンを摘みあげる。
子供のころテレビで見た映像が、まぶたの裏に浮かんだ。
照りつける太陽光に晒された、サバンナ。
ライオンに追い詰められ、悟ったように身を横たえるインパラ。
望遠カメラが、哀れな敗者の最後の表情をとらえ。
そこに浮かんだ恍惚ともとれる眼差しに、正体不明の疼きを覚えたことを思い出す。
「優しくしてください」
せめてもの願いを口にした。
するとボタンを外していた手が、動きを止める。
「……課長?」
薄くまぶたを持ち上げると、課長は幽霊でも見るように目を見開いていた。
それから、ぽかんと開かれた口がキュッと結ばれ、滑らかな首の中心に鎮座する喉ぼとけが波打った。
「課長……どうかしましたか?」
「え、あ……ああ、なんでもありません」
二度の呼びかけにようやく答えた彼は、水浴び後の大型犬のように、ブルブルと首を振る。
その頬が赤らんで見えたのだけど、気のせいだったのだろう。
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