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こうして、課長と深夜のドライブをしているなんて、数日前には想像すら出来なかった。
濃紺の甚平と、水色のビートルが持つ欧風クラシカルな雰囲気。
その和洋折衷が奇妙に調和している。
カーラジオから聞こえるのは、映画のサウンドトラック。
DJの発音が流暢すぎて、曲名は聞き取れなかった。
「煙草、吸ってもいいですか?」
「え、ああ……どうぞ」
課長は少しだけ窓を開け、ドアポケットから煙草を取り出す。
慣れた手つきで火をつける様子は、見るからに作家然としていて、思わず見惚れてしまった。
「なんですか……言いたいことがあるなら、聞きますよ」
赤信号で止まると、チラリと視線を送られる。
「別に……なにも」
「そうですか」
煙草をもみ消した彼が窓を閉めると、車内に気まずい静けさが漂った。
「……課長は、嘘つきです」
沈黙を埋めるようにつぶやくと、「どうしてですか」と、穏やかな声が帰ってくる。
「天地がひっくり返ろうとも、私に欲情することはないって……そう言いました」
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