2話・同情するなら安定をくれ

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2話・同情するなら安定をくれ

* * * ことの始まりは同僚のひと言だった。 「ねえ、シジミが動き出したらしいよ」 給湯室―― 声をひそめるのは、橋田ルミ。 私と同じく紹介予定の派遣社員。 正規雇用を目指し、ここ〝楽市(らくいち)不動産販売株式会社〟に勤務している。 さてそして、話題に上がったシジミとは。 人事部第2課。通称〝リストラ課〟の課長、桜田(さくらだ) 颯介(そうすけ)の通称である。 極秘裏に仕事を進めることが多いリストラ課では、雑務を担当する社員を置いていない。 にもかかわらず、 『桜田課長は、何を聞いても的確に答えをくれるジェネラリストらしい』 そんな噂を聞きつけ、部署を越えて迷える子羊たちがやって来るのだ。 そのうえ重要な会議には、オブザーバーとして参加しているそうで、彼の仕事は人事の枠には収まらない。 当然それに伴う雑務も発生する。 そこでかりだされるのが庶務課の私たち。 内線一本で馳せ参じ、雑用係を仰せつかるというわけ。 もちろん仕事なのだから文句はない。 問題は彼の性格なのだ。 理知的で無駄がない……といえば聞こえは良いが、目をつけられたが最後。理屈っぽく棘のある物言いでネチネチとやられ、極限までヒットポイントを削られる。 さらに、輪をかけていけないのはその風貌で、年齢は30代らしいのだけど、とてもそうは見えない時代遅れなスーツにピッチリ撫でつけられた前髪。昭和臭漂う度の強いメガネをかけているせいか、目が小さい。 ちょうど砂抜き前のシジミくらいの大きさだ。 よって女子社員は彼を『シジミ』と呼んで、忌み嫌っている。
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