2話・同情するなら安定をくれ
1/18

2話・同情するなら安定をくれ

* * * ことの始まりは、同僚のなにげない一言だった。 「ねえ、シジミが動き出したらしいよ」 給湯室―― 声をひそめるのは橋田ルミ。 私と同じ、紹介予定の派遣社員。 正規雇用を目指し、ここ〝楽市らくいち不動産販売株式会社〟に勤務している。 そして彼女が話題にしたシジミとは。 人事部第二課、通称〝リストラ課〟の課長。 桜田さくらだ 颯介そうすけのこと。 極秘裏に仕事を進めることが多いリストラ課では、雑務を担当する社員がいない。 にもかかわらず『桜田課長は、何を聞いても的確に答えをくれるジェネラリスト』との呼び声高く。 困ったことがあると、部署を越えて迷える子羊たちがやって来る。 さらには重要な会議にはオブザーバーとして参加しているらしいので、彼の仕事は人事部の枠を大きく飛び越えている。 当然それに伴う雑務も発生し、庶務課の私たちが駆り出されるのだ。 もちろん、手伝いがイヤなのではない。 問題は彼の性格だ。 理知的で無駄がない…… といえば聞こえは良いが、目をつけられたが最後。 理屈っぽく棘のある物言いでネチネチとやられ、極限までヒットポイントを削られる。 輪をかけていけないのは、その風貌。 歳は30代らしいのだけど、時代遅れなスーツにピッチリ撫でつけられた前髪。 昭和臭漂う度の強いメガネをかけているせいか、目が小さい。 ちょうど砂抜き前のシジミくらいの大きさだ。 よって、女子社員は彼を『シジミ』と呼んで、忌み嫌っている。