お正月

1/1
792人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

お正月

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ お正月 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ その翌々日には終業式を終え、成績表も渡し、冬休みに入った。 と言っても、冬休みなのは、子供だけ。 私たちは、一般の公務員と同じように年末まで勤務しなければいけない。 瀬崎さんには、武先生に言われた事は、まだ伝えてない。 それを言うためには、クリスマスイブに武先生と出掛けた事も言わなければいけなくなるから、なかなか言えずにいる。 仕事納めの日の夜、いつものように、瀬崎さんから電話が掛かってきた。 「はい、こんばんは。」 『こんばんは。 夕凪、お疲れ様。』 「ふふっ 瀬崎さんもお疲れ様でした。」 『夕凪は、明日から休みだろ? どうするの?』 「とりあえず帰省しようと思ってるよ。 瀬崎さんはいつからお休み?」 『俺も明日から休む予定。 クリスマスを過ぎれば、しばらくは予約も 減るし、取引先もみんな休みに入るから、 俺の仕事はほとんどないんだ。』 「そうなんだ。 じゃあ、嘉人くんとゆっくり過ごせるね。」 『ああ。 夕凪は、向こうで予定はあるの?』 「3日は高校の時の友達と食事に行くよ。 後は、実家でゴロゴロしたいけど、多分、 姪っ子の子守りかな。」 『へぇー、姪っ子がいるんだ。』 「うん。 兄夫婦が離れに住んでるから、朝寝坊 したくても、『ゆうちゃーん!』って、勝手に 入ってきて布団を剥ぎ取られるの。」 『くくっ 楽しそうだな。』 「ええ!? 全然、楽しくないよ。 瀬崎さんは? 嘉人くんとどこか、お出かけするの?」 『スキーに連れて行ってやろうと思ってるよ。 夕凪も行く?』 行きたいけど… 「無理…かな。」 特定の教え子とスキーには行けない。 『だよな。 じゃあ、夕凪とは、また来年だな。 でも、帰りに偶然会うくらいはいいだろ?』 偶然って… 「ふふっ」 計画的に偶然を装って会おうって言ってる? 私の実家は、スキー場から車で30分ちょっと山を下りた辺りにある。 時間を示し合わせて、近所のコンビニに寄れば、偶然会う事も不可能じゃない。 『夕凪は、正月でも出て来れる?』 「うん。特に予定がある訳じゃないから。」 『じゃあ、また連絡するよ。 夕凪、おやすみ。愛してるよ。』 「おやすみなさい。」 ふふっ お正月… 退屈な冬休みが、なんだかちょっと楽しみになった。 翌日、私は車で実家へと向かう。 同じ県内だけど、私のアパートから実家までは、1時間以上掛かる。 普段は、帰っても何もしない私だけど、今回、生まれて初めて、晩御飯を作らせてもらった。 メニューは、瀬崎さんに教えてもらったハンバーグ。 瀬崎さんと一緒に作った時ほど、上手にはできなかったけど、家族は私が料理をするというだけで、感動してくれた。 「夕凪の料理だから、全然期待してなかった けど、おいしいじゃない!」 母が失礼な感動の仕方をする。 「姉貴、ようやく嫁に行く気になったのか?」 弟も失礼だが、強ち間違いではないから、コメントに困る。 「お料理が得意な友達ができて、たまに教えて くれるのよ。」 私はそう答えた。 「ふーん、男だろ?」 弟はニヤニヤと私を見る。 全く、変なところだけ鋭いんだから。 「そうなの? だったら、1度うちにも連れてきなさいよ。 あなたもいい歳なんだからね。」 母が目をキラキラと輝かせる。 「お友達をわざわざ両親に紹介しないでしょ? 変な期待しないでよ。」 そんな会話を黙って聞く父。 そして、その会話はあっという間に離れの兄夫婦にも伝わったらしい。 翌朝、姪の美晴(みはる)が、 「ゆうちゃん、おはよう!! ゆうちゃん、お嫁に行くってホント?」 と巨大爆弾で起こしに来た。 「は!? みぃちゃん、そんな事、誰に聞いたの?」 「さっき、パパとママにばぁばが言ってた。 ねぇ、ゆうちゃん、お嫁さんになるの?」 美晴は、7歳。 嘉人くんと同じ小学1年生。 お給料も貰えないのに、朝から小学生に詰問されるなんて、割りに合わないなぁ。 「そりゃ、ゆうちゃんだって、いつかはお嫁に 行くよ。 みぃちゃんだって、いつかはお嫁に行く でしょ?」 私が言うと、 「うん! みぃちゃん、ママみたいに白いドレス着るの。」 とにっこり答える。 ふふっ かわいい〜 「みぃちゃんはかわいいから、きっと白い ドレス、似合うだろうね〜」 私がそう言うと、美晴は、 「へへっ」 と照れたように笑う。 すっかり美晴に叩き起こされた私は、諦めてベッドから起き上がる。 着替えて、朝ご飯を食べてると、忙しく大掃除をする母に言われた。 「夕凪、あんたどうせ何の役にも立たないん だから、今日から美晴の子守りしてなさい。」 はぁ… 思わずため息が漏れる。 年末の忙しい時に、私ができるのは子守りだけ… まぁ? 小学生の相手は、本職だし? 別にいいんだけど。 全く期待されないのも…ねぇ? 私は美晴の宿題を見てやり、それが終わると、一緒に縄跳びをする。 見ていると、美晴は両手を大きくブンブンと回して跳んでいる。 これじゃ、回数も跳べないし、あや跳びや交差跳びもできるようにはならない。 私はタオル2本で美晴の両腕を脇から離れないように縛った。 「みぃちゃん、これで跳んでごらん。」 腕を回せなくなった事で美晴は、さっきよりも跳べなくなってしまった。 「ゆうちゃん、これ、ヤダ! ねぇ、取って!」 「大丈夫! みぃちゃんなら、絶対、跳べるから。 これで跳べるようになったら、二重跳びだって 出来るようになるんだよ。」 私がそう言うと、美晴は目を輝かせた。 「二重跳び!?」 1年生にとって二重跳びは憧れだ。 出来る子はクラスに数人しかいない。 1〜2回跳べるだけで、ヒーロー扱いされる。 そうして、私の年末は、美晴の宿題と縄跳びで過ぎていった。 夜には変わらず、瀬崎さんが電話をくれる。 そして、今日、大晦日は遅い時刻に掛けてくれた。 夕凪と一緒に新年を迎えたいって言ってくれて。 『夕凪、明日の夕方、大丈夫?』 「うん。」 『じゃあ、スキー場を出る前に1度連絡する。 多分、4時くらいかな。』 「分かった。 気を付けて行ってきてね。」 『ああ。ありがとう。』 「あっ!」 付けっ放しのテレビから、カウントダウンが流れ始めた。 「3、2、1! あけましておめでとう!」 『くくっ あけましておめでとう。 夕凪、今年もよろしくな。』 「うん、こちらこそ、よろしくお願いします。」 私はぺこりと頭を下げる。 よく考えたら、瀬崎さんからは見えないのに。 でも… これで、あと3ヶ月。 3ヶ月後には、嘉人くんの担任を外れる。 『夕凪、じゃあ、また明日。 いや、今日か?』 「ふふっ 今日だね。」 『くくっ そうだな。 また後で。 夕凪、おやすみ。愛してるよ。』 「おやすみなさい。」 今日の夕方には、瀬崎さんに会える。 それを思うだけで、胸がキュンとなり、眠れそうにない。 なんで、こんなに瀬崎さんに会いたいのかな。 こんな気持ちになるの、久しぶりだから、いい歳をして恥ずかしいけど、自分でもどうしていいものか、よく分からない。 だけど、瀬崎さんと話した後は幸せな気持ちで布団に入れる。 明日… 私は、瀬崎さんを思いながら、眠りについた。 ・:*:・:・:・:*:・ 翌朝。 「ゆうちゃん、あけましておめでとう!」 新年最初の朝を美晴のモーニングコールで目覚める。 「んー、みぃちゃん、あけましておめでとう。 今、何時?」 「んーとねぇ、8時!」 「お? みぃちゃん、時計、読めるんだ?」 「読めるよ〜 みぃちゃん、1年生だもん。」 「そっかぁ。 じゃあ、今からゆうちゃんは、30分後に 朝ご飯を食べます。 何時何分に食べるでしょう?」 「8時半!」 「すっごいじゃない。 じゃあ、ばぁばにそうやって伝えてきて。」 「はーい!」 美晴は元気よく階段を駆け下りていく。 ふぅ… これであと15分寝られる… 私はアラームを15分後にセットして、二度寝を決め込んだ。 私は8時半に家族みんなでおせちとお雑煮をいただき、美晴にお年玉をあげた。 みんなで近所の寺社に初詣に行き、のんびりとお正月特番を見ながら、まったりと過ごす。 そして、間もなく3時半という頃、瀬崎さんからメールが届いた。 『今から出る。 30分後くらいに着くと思う。』 私は2階へ上がり、外出できるように身支度を整える。 20分後、私はテレビの前の家族に声を掛ける。 「ちょっと、コンビニに行ってくる。」 「行ってらっしゃい。」 母の声が聞こえて終わるはずだった。 なのに… 「あ! みぃちゃんも行く!」 誰にも相手をしてもらえなくて退屈をしていた美晴が嬉しそうに駆け寄ってきた。 どうしよう!? 「みぃちゃん、コンビニに行くだけだよ? 寒いから、ここでみんなと待ってて。」 私は説得を試みるけど、 「ええ!? みぃちゃんも行きたい! ねぇ、いいでしょ?」 と聞き分けてはくれない。 「夕凪、散歩がてら、連れてってやってよ。 今日は友達の家にも行けないし、いとこが いるわけでもないし、退屈なのよ。」 と母が嫌味を交えて言う。 はいはい。 私がいつまでも結婚しないから、遊び相手のいとこができないんです。 申し訳ありません。 私は、心の中で母の嫌味に返事をするものの、どうするべきか考えあぐねていた。 美晴を連れていけば、瀬崎さんと会った事を美晴は家族みんなに言うだろう。 その上、美晴が一緒じゃ、そのままついでにドライブという訳にはいかなくなる。 かといって、たかがコンビニに美晴を連れていけない理由も思い浮かばない。 仕方ない。 「じゃあ、みぃちゃん、外は寒いから、暖かく してきたら、連れてってあげる。」 私は諦めて、美晴を連れて行くことにした。 瀬崎さんには、事情を話して謝ろう。 私はコンビニまで、美晴と手を繋いで歩く。 5分ほどでコンビニには着いたが、瀬崎さんの車は駐車場にはない。 私は、店に入り、美晴に話し掛けた。 「みぃちゃん、せっかく来たから、何か 食べようか。」 私がイートインコーナーを指差すと、美晴は嬉しそうに、「うん!!」と返事をした。 2人でレジ前で何を食べるか悩む。 「夏ならソフトクリームなんだけど、今日は 寒いもんね。 何にしようかなぁ。」 私が言うと、 「ポテトがいい。」 と美晴はショーケースのフライドポテトを指差す。 「ああ、いいね。 じゃあ、飲み物も買おうか。」 美晴は喜んでジュース売り場に向かう。 悩みに悩んで美晴が選んだのは、グレープ味の炭酸飲料。 私はそれを手にレジへ向かい、ポテトとカフェラテを注文した。 程なく、揚げたてのポテトも届き、イートインコーナーで、2人で頬張る。 私が3つ目のポテトに手を伸ばした時、店の入り口が開き、来客を知らせるチャイムが鳴った。 私がそちらに顔を向けると、 「ああ!! 夕凪先生!!」 と嘉人くんの元気な声が店中に響いた。 「嘉人さん! どうしたの?」 私は、白々しく思いながらも、嘉人さんに問う。 「僕、スキーに行ってきたの。 でね、パパが飲み物を買いたいって言うから、 寄ったの。」 嘉人くんは、店中に響く声で説明してくれる。 「嘉人さん、分かったから、少し小さな声で 話せるかな?」 私がそっと注意すると、嘉人くんは、はっとしたように、慌てて手で口を押さえる。 ふふっ かわいい。 「先生の生まれた家がこの近所なの。 この子は、神山美晴(こうやま みはる)ちゃん。 先生の姪なのよ。 みぃちゃん、この子はね、ゆうちゃんの担任 してる子で、瀬崎嘉人さん。 2人とも1年生だから、お友達になれるかも しれないね。」 私は2人を紹介する。 「美晴ちゃん?」 嘉人くんが呼ぶ。 「うん。」 人見知りの美晴は私の後ろに隠れて返事をする。 「パパ! 僕、美晴ちゃんと遊びたい!」 うーん、それは… 「嘉人、お前がいくら遊びたくても、 美晴ちゃんは、初めて会った嘉人と遊びたい とは限らないだろう?」 瀬崎さんが嘉人くん諫めてくれる。 「そうなの? 美晴ちゃんは、遊びたくない?」 嘉人くんが心配そうに尋ねる。 「ゆうちゃん。」 美晴が後ろから私の袖を引く。 「なに?」 「みぃちゃん家で遊ぼ。」 「えっ? みぃちゃん家かぁ。 ママ、いいって言うかなぁ。 電話してみる?」 「うん。」 まさか美晴がそんな事を言うとは思ってなくて、内心、焦ってる。 だって、それって、瀬崎さんをうちに連れてくって事でしょ? 「瀬崎さん、美晴がこう言ってますけど、 もし許可が下りたら、寄っていただいても 構いませんか?」 「いや、でも、お正月からお邪魔するのは、 ご迷惑だし、非常識でしょ。」 瀬崎さんは苦笑する。 「それはそうかもしれませんけど、 誘ったのは美晴ですから。」 私はそう言うと、母に電話をする。 「あ、お母さん? あのね、今、コンビニで偶然私が担任する子に 会ったんだけどね。 ……………… それが、なんか、スキー帰りにたまたま 飲み物を買いに寄ったんだって。 でね、美晴がうちで一緒に遊びたいって 言うの。 ……………… うん、でも、兄さん家は、さすがに お義姉さんに申し訳ないでしょ? だから、私の部屋で遊ばせてもいい? ……………… うん、お父さんも一緒だから、大丈夫。 ……………… ありがとう。」 私は、電話を切って、子供たちに向き直る。 「私の部屋なら遊んでもいいって。」 「やったぁ!」 と飛び跳ねる嘉人くんと、私の袖を掴んだまま、 「ゆうちゃん、ありがと。」 と小声で囁く美晴。 対照的な2人だけど、仲良くできるのかな? 私は瀬崎さんの方を見て、 「という事になりました。 ごめんなさい。 こんな事になって。」 と謝る。すると、 「いや、これは嘉人のせいだから。 むしろ、正月からご家族に気を遣わせて 申し訳ない。」 と謝り返されてしまった。 私たちは、瀬崎さんの車で実家に向かう。 うちは、田舎の農家だから、土地だけは広い。 瀬崎さんの車には不似合いな納屋の前に停めてもらって、母屋に入る。 餅つきもできる広い土間を抜けて、居間にいる両親に瀬崎さんは挨拶をする。 コンビニで急遽買った菓子折りを手渡し、 「本当にお正月からご迷惑を承知で 押しかけまして、申し訳ありません。」 と平謝りだ。 うちはみんな大雑把な人間ばかりだから、そんなに気にしなくていいのに。 「いいえ、なんのお構いもできませんけど、 好きなだけ遊んでらしてくださいね。」 母がよそ行きの顔で挨拶する。 面倒臭くなった私は、 「じゃあ、二階へ行くよ。 みぃちゃん、私、飲み物持ってくから、 2人を部屋へ案内してあげて。」 と3人に声を掛ける。 「はーい!」 家に帰ったせいか、さっきより元気になった美晴がご機嫌で返事をして、2人を階段へと案内する。 私はそれを見送って台所へ行き、お茶とジュースを用意する。 が、そこへ母がやってきた。 「夕凪、どういう事?」 「どうって、電話で説明した通りだけど?」 何かを感じているらしい母は、それでは引き下がらない。 「スキー帰りに偶然会った? そんな偶然、あるわけないでしょ。 大体、あなたはコンビニに何を買いに 行ったの? 手ぶらじゃない。」 あ…、しまった。 「美晴とポテト食べて帰ってきたのよ。 悪い?」 「悪くないけど、美晴がついて行かなかったら、 何を買うつもりだったの?」 「えっ?」 何も…とは言えないけど、何も考えてなかったから、答えられない。 「こんな事、言いたくないけど、 不倫はダメよ。 ましてや、教え子の親となんて、子供が 可哀想だと思わないの?」 はぁ… 思わず、ため息が零れる。 そっちの心配!? 「お母さん、そんな事、言われなくても 分かってるよ。 担任してる子の親とどうこう…なんて事は ないから。 今日は、偶然、会っただけで…」 だけど、母の目はごまかせないようで。 「自宅から50㎞も離れたコンビニで会う なんて偶然、ある訳ないでしょ。 大体、あなたはコンビニに何をしに行ったの? 寒い中、正月にわざわざコンビニに行って、 手ぶらで帰ってくるって変でしょ。」 「……… 」 お母さんは、なんでこんなに理詰めで問い詰めるの? はぁ… また、ため息が漏れる。 「とにかく、お付き合いしてる訳じゃないし、 百歩譲って、お付き合いをしてるとしても、 瀬崎さんは離婚してるから、不倫にはならない わよ。 お母さんが心配するような事は、 何もないから。」 私はそれだけ言うと、入れ終えたお茶とジュースを持って2階へと逃げ出した。 やっぱり、うちに連れて来るんじゃなかったかなぁ。 2階に行くと、美晴と嘉人くんは、お絵描きを始めていた。 「夕凪、ごめん。 美晴ちゃんが出してくれて、 勝手に遊び始めちゃって… 」 瀬崎さんが、声を潜めて申し訳なさそうに言う。 だから、私は笑って言う。 「気にしないで。 あれは、美晴が遊びに来た時用に置いてある 落書き帳なの。 狭い部屋で鬼ごっこされるより、 ずっといいよ。」 嘉人くんたちは、ローテーブルに並んで仲良くひとつの色鉛筆を一緒に使って絵を描いている。 瀬崎さんは、それを立って眺めていた。 「瀬崎さん、ごめんなさい。 部屋が狭くて、座れませんよね。 こんな所ですみませんが、どうぞ。」 私は、子供たちの後ろのベッドの掛け布団を半分捲って、腰を下ろし、瀬崎さんを呼んだ。 「ありがとう。 じゃ、お言葉に甘えて。」 瀬崎さんは私の隣に腰を下ろすと、耳元で囁いた。 「くくっ 2人で初めてベッドを使うのが、 こんな形だとは思わなかったな。」 っ!! 私が言葉をなくしていると、さらに瀬崎さんは楽しそうに笑う。 「くくっ 夕凪、顔、赤いよ。 子供たちが気づいたら、変に思うでしょ?」 は!? 誰のせいだと…!! 私が瀬崎さんを軽く睨むと、瀬崎さんは子供から見えないのをいい事に、私の腰に手を回してきた。 「せ、瀬崎さん!」 私は声を潜めて、抗議するけど、瀬崎さんは意に介さず、腕を緩める気配は全くない。 はぁ… 私も、決して瀬崎さんに触れられるのが嫌な訳じゃない。 子供に見られたら…と思うから、ダメだと思うだけで。 だから、私は早々に白旗を揚げた。 だって、本心は私だってこうして瀬崎さんと一緒にいたいんだから。 だけど、しばらくして美晴が、 「できた!」 と声を上げた。 と同時に瀬崎さんの手が離れる。 「これ、誰?」 嘉人くんが、美晴の絵を覗き込んで尋ねる。 「ゆうちゃん!」 美晴は、私に絵を見せてくれた。 それは、お目々キラキラの女の子がウェディングドレスを着て、頭にティアラを乗せている絵だった。 「夕凪先生のお嫁さんの絵?」 嘉人くんが聞いた。 「うん。 ゆうちゃん、お嫁さんになるんだって。」 美晴が爆弾を落とす。 と、同時に、瀬崎さんが私の顔を覗き込む。 「あ、いえ、あの、それは… 」 私は、なんて言えばいいのか分からなくて、しどろもどろになる。 すると、嘉人くんは、さらに大きな爆弾を投下した。 「そうだよ。 夕凪先生は、パパのお嫁さんになって、僕の ママになるんだよ。 ね、パパ?」 えっ!? 今度は私が瀬崎さんを見る。 瀬崎さんは、無言で首を振る。 「ええ!? そうなの? じゃあ、嘉人さんは、私の従兄弟になるの?」 美晴が嬉しそうに目をキラキラさせる。 それとは、対照的に首を傾げる嘉人くん。 「従兄弟って、なぁに?」 「あのね、パパやママの兄弟の子供を 従兄弟って言うんだって。 みぃちゃんのパパとゆうちゃんは、兄弟だから、 ゆうちゃんの子は、みぃちゃんと従兄弟に なるんだよ。 ゆうちゃんがちっとも結婚しないから、 みぃちゃんに従兄弟ができないんだって、 パパが言ってたもん。」 お兄ちゃんってば、余計な事を… 「じゃあ、僕が夕凪先生の子供になったら、 みぃちゃんと従兄弟になるの?」 「うん。 そうだよね、ゆうちゃん?」 私と瀬崎さんは、思わず顔を見合わせる。 そして、瀬崎さんが口を開いた。 「嘉人、夕凪先生はパパのところにお嫁に 来てくれるって言ったか? 嘉人がいくらママになって欲しくても、 夕凪先生が嘉人のママになりたいと思って くれなきゃ、ダメなんだぞ?」 嘉人くんは、心配そうに私を見る。 「夕凪先生、ダメ? 僕、いい子になるから、ママになって。」 かわいい〜!! でも、ここでほだされちゃダメだ。 「じゃあ、嘉人さんの怒りん坊が直って、嫌な 事でも、『はい!』っていいお返事でできる ようになったら考えようかな。」 「嫌な事?」 「宿題も、お手伝いも、授業中も。」 「ええ〜!? そんなのムリ〜!!」 口を尖らせた嘉人くんに、私は追い討ちをかける。 「じゃあ、先生も無理かなぁ。 嘉人さん、いい子になるって言ったのになぁ。」 嘉人くんは、困った顔で瀬崎さんを見る。 「嘉人ならできるんじゃないか? 嘉人、いつも、『ええ〜!?』って言うけど、 最後にはちゃんとやるだろ。 だったら、『ええ〜!?』って言わずにやれば、 夕凪先生がママになってくれるかも しれないんだぞ? 簡単な事だろ?」 瀬崎さんに言われて、嘉人くんは目を輝かせる。 「うん!! 僕、もう、『ええ〜!?』って言わない。 だから、夕凪先生、ママになってね。」 うっ… どうしよう。 「じゃあ、嘉人が本当に『はい!』っていい お返事ができるようになったかどうか、夕凪 先生に春まで見ててもらおうな。 夕凪先生が、嘉人が、いい子になったなぁと 思ったら、お嫁に来てもらおう。」 「うん!! 夕凪先生、約束だよ?」 うぅ… 約束はできないよねぇ。 私が困ってると、瀬崎さんが助けてくれる。 「でも、嘉人、ひとつ大事な事を忘れてるぞ。」 「何?」 「あのな、夕凪先生がパパを好きになって くれなきゃ、お嫁さんには来てもらえない んだ。 今、パパ、夕凪先生に好きになってもらえる ように頑張ってるから、嘉人もいい子に なれるように一緒に頑張ろうな。」 「うん! 夕凪先生、早くパパを好きになって!」 ふふっ かわいい。 「うーん、でも、それはノーコメントで お願いします。」 私は返事を避けた。 「先生、ノーコメントって何?」 「うーん、ノーコメントはね、ナイショって事。 だって、先生、嘉人さんの先生だもん。 秘密にしなきゃ、ダメでしょ?」 「そっか。 分かった!」 嘉人くんがにっこり頷くと、今度は美晴が立ち上がる。 「じゃあ、ばぁばに知らせてくる!」 おいおい!! 「みぃちゃん、知らせるって、何を?」 「嘉人さんとみぃちゃんが従兄弟になるって、 教えてあげるの。 みぃちゃんは、従兄弟がいなくて可哀想って、 みんな言ってたから。」 美晴はにっこり笑ってそう言うと、止める間もなく、部屋を飛び出して階段を駆け下りてしまった。 「みぃちゃん!!」 私は、慌てて追いかける。 だけど、田舎の広い家とはいえ、所詮、庶民の一軒家。 あっという間に美晴は居間にたどり着いてしまった。 「ばぁば、あのね、みぃちゃんに従兄弟が できるんだよ。 嘉人さんね、みぃちゃんの従兄弟になるの。」 あちゃー。 言っちゃったよ。 「違っ、違うから。 みぃちゃん、違うの。 さっきのは、嘉人さんが、そうなったらいいな って思ってる事で、そうなるって決まった事 じゃないの。」 私は焦って説明する。 すると、母は、落ち着いた声で美晴に言った。 「みぃちゃん、お願いがあるの。 その嘉人さんのパパに下に下りてきて くださいって言ってきてくれる?」 「いいよ!」 美晴は元気よく返事をする。 「でね、みぃちゃんは、そのまま嘉人さんと お二階でしばらくの間、仲良く遊んでて くれるかな。」 「うん、分かったぁ。」 美晴は元気よく階段を駆け上がり、入れ替わって瀬崎さんが下りてきた。 「お呼び立てしてすみません。 どうぞお座りください。」 と母は座布団を差し出す。 瀬崎さんがそこへ座ると、母の尋問が始まった。 「いえね、夕凪とどういった関係なのか、 お伺いしたいと思いましてね。 夕凪もいい歳なので、親が色恋の事でどうこう 言うものでもないのは、重々承知してるん ですけど、やはりそれでも、娘が後ろ指 差されるような男性とは付き合って欲しく ないというのが、親心というものでね。」 はぁ… お母さん、聞く前から反対だって表明してるじゃない。 瀬崎さんは、ひとつ大きく息を吸ってから話始めた。 「今日、このようにお邪魔するつもりは なかったので、ご挨拶は春に夕凪さんから 正式にお返事をいただいてからと思ってたん ですが、これも何かの縁だと思いますので、 正直に申し上げます。 私は、夕凪さんが好きです。 先日、プロポーズもして、春になったら返事を いただく約束になってます。 ただ、誤解をしていただきたくないのは、 夕凪さんは、私からのアプローチに何の返事も していません。 あくまで、担任と保護者の関係をきちんと 保っていらっしゃいます。 現在は、夕凪さんが担任する子供の保護者が、 一方的に好意を寄せている…という状況に 過ぎません。 夕凪さんには、全く非はないので ご安心ください。」 「そうですか。 離婚なさってるそうですが、いつ、離婚された んですか?」 「ちょっと、お母さん!! 失礼でしょ!?」 私は慌てて、割って入る。 「いや、いいんだよ。」 瀬崎さんは私を手で制して、 「去年の7月です。」 と答えた。 「それは、ほんの半年前という事ですか?」 今度は兄から落ち着いた声で質問が飛ぶ。 「はい。」 瀬崎さんも落ち着いた様子で答える。 「離婚の原因は?」 「ちょっと、兄さん!!」 私は止めようとするが、兄は聞いてはくれない。 「夕凪は黙ってろ! 大事な事だろ。 もし、原因が浮気や暴力だったら、どうする!? お前と一緒になってから同じ失敗を 繰り返さない保証はないんだぞ?」 「大丈夫だから。」 瀬崎さんは、私に微笑む。 「私も人の親です。 夕凪さんを心配する気持ちは、分かります。 遠慮なくなんでも聞いてください。」 瀬崎さんは、そう前置いて続ける。 「離婚の原因は、浮気と暴力です。 ただ、それをしたのは、妻ですが。 夕凪先生が気づいてくださったんです。 嘉人が妻から暴力を受けていると。 私は、妻が以前から浮気を繰り返している事に 気づいていましたが、嘉人のために気づかない 振りを続けてました。 しかし、嘉人を虐待してるなら、離れて もらった方が嘉人のためになると思い、 すぐに離婚を決意しました。」 「そう…でしたか。 それは、大変でしたね。」 兄は他に言葉が見つからないようだった。 「夕凪とはいつから?」 今度は母が質問する。 「夏休みに偶然お会いした時に交際を 申し込みましたが、その時から、春まで返事は 待つつもりでした。 ですが、私の想いが募りすぎて、先日、結婚を 申し込みました。 夕凪先生が受けてくだされば、嘉人の担任を 外れ次第、一緒になりたいと思っています。」 「夕凪はどうなの? この方と一緒になるって事は、いきなり 小学生の子ができるって事よ? 今は小学生でも、5年10年したら、 難しい年頃になるわよ。 その時、自分の子でもない子と、対峙する 覚悟はあるの?」 それは… 「思春期の子が難しいのは、嘉人くんだけじゃ ないわ。 実の母でもうまくいかない場合もあるし、 なさぬ仲でもそれほどの問題なく過ぎる事も あるでしょ? それは、その時になってみないと 分からないわ。」 私が言うと、 「うまく行くかどうかを聞いてるんじゃ ないの。 うまくいかなくても、ちゃんと向き合う覚悟は あるかと聞いてるの。」 と母は眉間にしわを寄せた。 「覚悟も何も、私は今も嘉人くんと真剣に 向き合ってるし、それは立場が変わっても 気持ちは変わらないわよ。」 私が言うと、瀬崎さんが補足する。 「実は、嘉人はADHDという発達障害を 抱えてるんです。 それに気づいて対処を教えてくださったのも 夕凪先生で、保育園の頃から先生の手に 負えなくて、ずっと先生からも無視され続けた 嘉人と、初めて正面から向き合ってくださった のも、夕凪先生なんです。 嘉人にもそれは伝わったようで、最初に プロポーズしたのは嘉人なんです。 『僕のママになって。』嘉人が夕凪先生にそう 言ったのは、前妻との離婚が成立する前 でした。」 「ふぅ…」 母はため息をひとつ吐くと、私を見て言った。 「でも、夕凪、あなた春には異動でしょ? こっちに帰ってくるんじゃなかったの?」 「えっ!?」 瀬崎さんが驚いて私を見る。 「お母さん!!」 私は慌てて母を制したが、言ってしまったものは元には戻せない。 「もう!! そういう事は、正式な発表があるまで、 保護者の方に伝えちゃダメなの。 常識で考えたら、分かるでしょ!?」 母に抗議した後で、私は瀬崎さんに言う。 「瀬崎さん、すみません。 これは聞かなかった事に していただけますか?」 「それはもちろん、構わないけど、 もう内示は出てるの?」 「いえ、そうではないんですが、基本的に 3年毎に異動という暗黙の了解があるんです。 だから、何事もなければ、私はこの春、 嘉人くんの小学校からいなくなります。 持ち上がって来年も担任するという事は ありません。」 すると、瀬崎さんが首を傾げる。 「でも、もっと長く勤める先生も いらっしゃいますよ?」 「ああ、それは、ベテランの先生です。 最初の2回は3年で、その後は7年毎に異動に なります。」 「つまり、この春から7年はこっちの学校に 勤務するって事?」 私は、母をチラリと見て、ひとつ大きく息を吸う。 「帰る前に話そうと思ってたんだけど、私、 拠点勤務地、変えたの。 春になっても今の学校の近隣の学校に異動に なると思う。」 すると、今度は母が大きなため息を吐いた。 「瀬崎さん、息子さんと少しお話させて いただいてもいいかしら。」 「お母さん! 嘉人くんに何を言う気?」 母は、焦る私を一瞥すると、 「何も言わないわよ。 もしかしたら孫になるかもしれない子と、 少しおしゃべりしてみたいだけ。 私は、発達障害ってどんなものなのかも よく分からないし、美晴と同じようにうまく やっていけるのか、不安なの。」 「そういう先入観で見るのはやめて。 嘉人くんは、良い子ではないかもしれないけど、 いい子よ。 それは、担任の私が保証する。」 「はいはい、分かったから。 誠治、子供たちを呼んで来てちょうだい。」 と母は兄に依頼し、兄は立ち上がった。 「息子さんは、夕凪との関係は知ってるの?」 「いえ、知りません。」 「そう、分かったわ。」 母は、瀬崎さんに確認して、子供たちを待った。 パタパタと階段を駆け下りる足音が聞こえて、すぐに美晴と嘉人くんが入ってきた。 「ばぁば、なあに?」 美晴がニコニコと尋ねる。 「そろそろ、おやつでもどうかな と思ってね。」 母がそう言うと、子供2人は顔を見合わせて、 「やったあ!」 と声を上げた。 「夕凪、台所から、適当におやつと飲み物を 持っておいで。」 母に言われて、私は嘉人くんを残して席を立つ事に不安を覚えながらも、渋々台所へと向かった。 私が、あり合わせのクッキーとジュースを持っていくと、美晴と嘉人くんは仲良く並んで座っていた。 「そう、嘉人くんっていうの。 私は夕凪先生のお母さんなの。 よろしくね。」 「うん。」 母と嘉人くんが会話するのを見ながら、子供たちの前にお菓子とジュースを置く。 「夕凪先生、ありがとう。」 嘉人くんは、にっこり笑ってお礼を言う。 「ふふっ どうぞ、召し上がれ。 でも、お友達には、先生ん家に来た事も おやつを貰った事も内緒よ。 みんなが夕凪先生ん家に行きたいって言うと 困るからね。」 私がそう言うと、 「うん。 僕と先生だけの秘密ね。」 と嘉人くんは、人差し指を口元に当てた。 ふふっ かわいい。 「嘉人くんは、夕凪先生の事、好き?」 母が尋ねる。 「うん! だーいすき。」 「学校では、どんな先生?」 「うんとね、すっごく優しいよ。」 「怖くない?」 「全然。」 「怒られない?」 「毎日、怒られるけど、 夕凪先生は、叩かないもん。」 母は、一瞬怯んだように私を見た。 「そう。 嘉人くんは、叩かれた事あるの?」 「お母さん!!」 私は慌てて止める。 子供に、そんな辛い過去を思い出させなくても。 「あるよ。 ママは、怒るたびに叩いたもん。 僕が怒られる事するからダメなんだけどさ。」 嘉人くんは事もなげに言う。 「みぃちゃんは嘉人くんと遊んでて、 楽しかった?」 母は、今度は美晴に聞く。 「うん、楽しかった! 嘉人くんね、かけっこ1番なんだって。 縄跳びも上手なんだって。 後で、一緒に縄跳び、していい?」 「じゃあ、おやつ食べたら、縄跳びしようか。」 私が言うと、 「やったぁ!」 と子供たちは、嬉しそうにクッキーを頬張る。 「え、でも、外はもう薄暗いよ。」 瀬崎さんが心配そうに言う。 「大丈夫。土間でさせるから。」 その後、私たちは、土間に移動して子供たちが縄跳びを順番にするのを微笑ましく眺める。 美晴は、ようやく縄を手首で回すコツを掴み始めたところで、前より軽く跳べるようになってきた。 嘉人くんは美晴の縄跳びを借りて、いきなり二重跳びを跳ぶ。 「………8、9、10、11、じゅ、 嘉人さん、11回跳べたよ! 新記録じゃない?」 「うん! 帰ったら、冬休みの縄跳びカードに色塗って いい?」 嘉人くんは嬉しそうだ。 「もちろん! 2月の縄跳び大会も楽しみだね。」 私が言うと、 「縄跳び大会があるの?」 と聞き返す嘉人くん。 「あれ? 嘉人さん、また先生の話、聞いてなかった でしょ? 2月に縄跳び大会があるから、冬休みに たくさん練習してきてねって終業式の 前の日に言ったよ。」 私が教えると、嘉人くんは、 「へへっ」 と笑ってごまかした。 「縄跳び大会って、どんな事をするの?」 隣で見てる瀬崎さんがこそっと聞いてくる。 「体育の授業でね、6年生に数えに来てもらうの。 全員で3分間跳びをして、あとは2種目好きな 跳び方で跳んで、各種目ごとに賞状が貰える んだけど、1年生は、あまりいろんな種類を 跳べないじゃない? だから、例えば、二重跳びとかエントリーが 3人しかいなければ、1回しか跳んでなくても 賞状が貰えたりするの。 逆に前跳びは、みんながやりたがるから、 100回跳んだのに賞状が貰えない事もあるし。 種目選びも重要なのよ。」 私が説明すると、 「へぇー 」 と興味深そうに頷く。 「じゃあ、狙い目は二重跳び?」 「うん。あとは、交差跳びかな。 意外と後ろ駆け足跳びなんかも、人気がない から、狙い目かも。」 私たちがヒソヒソ話してると、弟が私の隣にやってきた。 「姉ちゃん、こんなとこでいちゃつくなよ。 そんなんで、よく付き合ってないなんて 言うよな。」 「なっ!! べつにいちゃついてなんかないし。」 焦る私とは対照的に、全く動じない瀬崎さん。 なんで!? 「そう見えてるんだとしたら、嬉しいですね。 今のところ、私の片思いなので。」 瀬崎さんは、にっこりと微笑んで言う。 もう!! そんな恥ずかしい事、弟に言わないでよ。 「へぇ、瀬崎さんって、そういう人なんだ?」 弟は不躾に瀬崎さんを上から下まで眺める。 「そういうって、どう見えてるんでしょうね?」 「んー、照れもせずに愛を囁ける…みたいな? 毎日、愛してる、とか言っちゃったり?」 弟がそう言うと、瀬崎さんは笑い始めた。 「くくっ それはご想像にお任せします。 答えはお姉さんから聞いてください。」 なっ!? 瀬崎さん、ひどくない!? なんでそこで私に振るの!? 「へぇ。 …だってさ。 姉ちゃん、どうなの?」 「そんなの答える訳ないでしょ。」 私は、弟から顔を背ける。 なのに… 「姉ちゃん、顔赤いよ。 図星なんだ? くくっ」 弟は、私の横でクスクスと笑い続ける。 私は弟を無視して、視線を子供たちに戻した。 子供は子供で、嘉人くんが美晴に一生懸命、あや跳びを教えているところだった。 遊んでいる時の嘉人くんは、やっぱり、普通の子と変わりなく… 教えてもらってる美晴も、私と縄跳びをするより楽しそうだ。 だけど、瀬崎さんが声を掛ける。 「嘉人、そろそろ帰るぞ。」 「ええ〜!?」 嘉人くんの不満の声が上がる。 「外を見てみろ。 もう、真っ暗だろ。 夕凪先生も美晴ちゃんも晩ご飯の時間だ。 嘉人も帰って、晩ご飯、食べよう。」 口を尖らせた嘉人くんは、妥協案を提示する。 「じゃあ、明日も遊びに来ていい?」 ぷっ まるで徒歩5分の近所のような言い方に、思わず笑みがこぼれる。 「嘉人くんも、ばぁばん家でご飯、食べてけば いいのに。 みぃちゃんも今日は、ばぁばん家で食べるん だよ。」 美晴もまだ遊びたそうだ。 すると、奥から、母が顔を出した。 「そうですよ。 何もありませんけど、よかったら、一緒に 召し上がってってください。」 だけど、瀬崎さんは、首を横に振った。 「いえ、正月早々に突然お邪魔して、そこまで ご迷惑をおかけする訳にはいきませんから。 春、いい返事をいただけたら、 改めて参ります。 今日は、長々とお邪魔させていただいて、 親子共々、楽しませていただきました。 ありがとうございました。」 そう言って、瀬崎さんは頭を下げる。 母も私も、それ以上、引き留める事は出来なかった。 「さ、嘉人、夕凪先生の部屋、散らかした ままだろ。片付けにいくぞ。」 瀬崎さんが、嘉人くんに声を掛ける。 嘉人くんは、不満そうにしながらも従おうとする。 「いいよ、そんなの。 後で私が片付けておくから。」 私が言うと、瀬崎さんは私の頭をポンポンと撫でて、 「くくっ 夕凪は片付け苦手だろ? これは、嘉人と俺の仕事。 夕凪は見ててくれればいいから。」 と囁いた。 その瞬間、胸がキュンとうずく。 もっと触ってて欲しいと思うのは、いけない事だろうか。 私は、2人と一緒に部屋に行き、嘉人くんが片付けるのを眺めてた。 5分程で片付けを終えると、瀬崎さんは、 「じゃあ、帰るよ。」 と言った。 帰って欲しくない。 もっと一緒にいたい。 そう思う私の心は、ここに嘉人くんがいなければ、抑えられなかった気がする。 それくらい、私の中で、瀬崎さんへの想いが膨れ上がっていた。 私は玄関を出て、2人を見送る。 嘉人くんを助手席に乗せ、瀬崎さんは、私を見て言った。 「3日、何時に帰ってくる?」 「友達とランチして、お茶して、だから、 はっきりとは分かんないけど、主婦の子も いるから、夜には帰るよ。」 「じゃあ、夜、会いに行っていい?」 嬉しい! 私は、黙ってこくんと頷いた。 すると、瀬崎さんは、私の顎を指先ですくい上げて、一瞬、かすめるようにキスをする。 「っ!! 瀬崎さん!」 私が囁くように抗議すると、 「大丈夫。 嘉人からは見えないし、何より、嘉人は テレビに夢中だよ。」 と笑った。 確かに、嘉人くんはカーナビの画面から流れるアニメを食い入るように見ていた。 「もう!」 私は瀬崎さんの胸を抗議するように軽く叩く。 すると瀬崎さんは、その手を握って、私を引き寄せ、抱きしめた。 「夕凪、愛してる。 今日は、思いがけず、ご家族にお会いできて 良かった。 春、もう一度、ここに来れるように、頑張る から。」 「………うん。」 私は、もう抗う事もせず、瀬崎さんの温もりに身を委ねていた。 だけど、瀬崎さんは、大人で… 腕をすぐに緩めると、私から離れていった。 「じゃあ、また。 おやすみ、夕凪。愛してる。」 「おやすみなさい。」 瀬崎さんはそのまま車に乗り、嘉人くんとともに帰っていった。 その後が大変だった。 夕食の間中、ずっと家族からの尋問に会い、私は、ろくに食べる事なく、自分の部屋へと逃げ帰った。 だけど、結局、その後、お腹が空いて、お風呂の前に台所でつまみ食いをしたんだけど。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!