ストーカー!?

1/1
792人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ

ストーカー!?

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ ストーカー!? ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 3日、私は高校時代の友人とランチに行く。 行き先は、私の希望で隣の市にあるAccueil(アクィーユ)。 「ここはやっぱり、女子会よりデートで 来たいよね。」 美香が言う。 「だよね。 夕凪、なんでここに来たかったの?」 友美が不思議そうに私を見る。 なんでって、瀬崎さんの会社だから…とは言えない。 「この前、連れてきてもらったら、 おいしかったから。」 私が無難に答えると、2人は目を輝かせた。 「誰? 彼氏できたの?」 「違う、違う。ただの上司。」 「ただの上司は、こんな店には連れて 来ないよねぇ?」 と美香と友美は顔を見合わせる。 「はいはい。正直に言います。 告白はされました。でも、断ったの。 だから、今もただの上司。」 「ええ!? なんで? 好みのタイプじゃなかったの?」 と美香。 「好みのタイプだよ。 イケメンで優しくて大人で。 でも、好きな人じゃないから。」 そう言うと、友美が身を乗り出す。 「夕凪、好きな人ができたんだ?」 「………うん。」 「付き合ってるの?」 「それは、まだ。」 「まだって何?」 「それは… 」 私は言い淀む。 「まさか、不倫?」 ふぅ… ここでもそう疑われるんだ。 「違うよ。でも、今はダメなの。 春になったら、ちゃんと言うし、紹介も するよ。 それより、美香は? 来月だっけ? 予定日。」 私は妊婦の美香に話をすり替えた。 私の気の置けない友人たちは、何かを察してくれたようで、それ以上の追及はして来なかった。 私たちは、おいしいランチをいただき、のんびりとお茶をして、デザートも食べ、店を後にした。 一度、実家に戻り、両親に挨拶をしてから、白菜や大根など、大量の野菜を車に積まれて家を出る。 こんなにたくさん、ひとりで食べきれる訳ないじゃない。 全く、何を考えてるんだか。 私は、のんびり車を走らせて、アパートへ戻った。 野菜を片付けて、瀬崎さんにメールする。 『無事、帰宅しました。』 すると、すぐに電話が鳴る。 「はい。」 『夕凪? おかえり。』 「ふふっ ただいま。」 『晩ご飯、食べた?』 「まだ。 お昼にAccueil(アクィーユ)でお腹いっぱい 食べたから、あまりお腹空いてなくて。」 『Accueil(アクィーユ)行ってくれたんだ? あそこからだと、国道沿いの店かな?』 「うん。 今日もすっごくおいしかった。」 『それは良かった。 夕凪、今から行ってもいい?』 「嘉人くんは?」 『明日から仕事だから、実家に預けてきた。 夕凪、会いたい。』 会いたい…その台詞にキュンとする。 私も…会いたい。 「待ってます。」 『じゃ、また後で。』 瀬崎さんは、15分程でやってきた。 玄関を入るなり、抱きしめられる。 「夕凪、会いたかった。」 私も… 言えない言葉を飲み込んで、私は瀬崎さんの背に腕を回す。 だけど、すぐに瀬崎さんの腕が緩み、柔らかな温もりが唇に落とされた。 くちづけは一気に深くなり、性急に息を乱される。 瀬崎さんはくちづけながら、履いたままだった靴を脱ぎ、部屋に上がる。 そのまま私を壁に押し付けると、くちづけは首元へと下りていく。 思わず、甘い声を上げそうになり、私は慌てて指を噛んだ。 すると、今度は、瀬崎さんの手が、私の体のラインをなぞるように動き、胸で止まった。 優しく胸を撫でたかと思うと、ニットの下から手を差し入れられた。 瀬崎さんに求められていると思うと、正直、嬉しかった。 このまま、流されてしまいたいとも思った。 だけど… 「ダメ…です。 それ以上は… 」 私がそう言うと、一瞬、瀬崎さんの手が止まった。 瀬崎さんは、首筋に唇を寄せたまま尋ねる。 「ほんとに? 夕凪の心はいやって言ってないと思うけど。」 一言話すたび、吐息が首元にかかってゾクゾクする。 私が、答えられずにいると、瀬崎さんの手が、また動き始めた。 指を噛んでても抑えきれない声が喉元から漏れる。 私も瀬崎さんが欲しい。 それでも… 「ダメ…です。 ダメ…なんです。 ごめんなさい。」 私がそう言うと、瀬崎さんはようやく私を解放して、乱れた服を直してくれた。 「ごめん。 ダメな事は分かってるのに。」 私はブンブンと首を横に振る。 「ううん。 私こそ、融通が利かなくてごめんなさい。」 私がそう言うと、瀬崎さんは、もう一度、ギュッと抱きしめてくれた。 「早く結婚したい。 夕凪と毎日、一緒に暮らしたい。」 嬉しい… 私も。 私は言えない言葉を飲み込んで、瀬崎さんの胸に顔を埋める。 こうしてる今が、すごく幸せ。 しばらくそうして抱き合った後、瀬崎さんが言った。 「晩ご飯、作ろう。」 「えっ?」 「きっと、たくさんの冬野菜をもらって きたんだろ? ちゃんと料理して食べよう。」 瀬崎さんはそう言うと、エプロンを着けてキッチンに向かう。 私は慌ててその後を追った。 私はたくさんの冬野菜が詰まった野菜室を開け、順に取り出す。 次に、入りきらなくて、そのままにしてあった段ボールも開く。 大根、白菜、水菜、ほうれん草、小松菜、じゃがいも、里芋、人参… それを見て、瀬崎さんは眼を見張る。 「すごいな。 これは、想像以上だ。」 「でしょ? こんなにいらないって言うんだけど、勝手に 車に乗せられるの。」 「これだけ新鮮なら、 サラダでも食べられるな。」 「えっ?」 「くくっ 夕凪は、鍋の材料だと思ってた?」 瀬崎さんが笑う。 「違うの?」 「もちろん、鍋にしてもおいしいし、火を 通して食べると嵩も減ってたくさん 食べられるからいいんだけど、それじゃ、 料理が苦手な夕凪は、食べないまま終わる だろ? サラダなら切るだけだし、スライサーとか 使えば簡単だから、メインのおかずだけ 買ってきて、山盛りサラダでもいいんじゃ ないかな?」 「うん。 それなら私でも食べられそう。」 「じゃあ、痛みやすい葉物は、食べる分を 残して冷凍しちゃおう。」 そう言うと、瀬崎さんは洗って使いやすいサイズにカットすると、どんどんフリーザーバッグに入れていく。 あっという間に、野菜室の野菜が半分以下になって、冷凍庫がいっぱいになった。 「コンソメとか麺つゆの中に入れれば汁物が できるから、毎日、たくさん野菜を食べて。 じゃ、残りで今日の晩ご飯を作ろうか。」 瀬崎さんは、野菜の代わりに冷凍庫から取り出した鶏肉をソテーして、白菜・水菜・人参で彩りも鮮やかなサラダを作ってくれた。 「ん、おいしい!!」 私がひとくち食べてそう言うと、瀬崎さんは嬉しそうに微笑む。 「良かった。 また時間がある時に、料理教室しような。」 あっ… 料理教室… 「あの、その事なんですけど、武先生に 言われたんです。 やめた方がいいって。」 「は? なんで、武先生?」 「あの、うちの前を通った時に、瀬崎さんの 車が止まってるのを何度か見かけたって。 料理を教えてもらってるって言ったんです けど、そんな言い訳、大人は信じないって 言われて。 瀬崎さんの車は目立つから、他の保護者に 見られて変な噂にでもなったら、嘉人くんが 可愛そうだから、やめなさいって言われたの。」 私がそう言うと、瀬崎さんはそわそわ、キョロキョロとし始めた。 「瀬崎さん、どうしたんですか?」 私が不思議に思って尋ねると、瀬崎さんはスマホを取り出した。 すぐにメールが届く。 『何も喋らないで。 何か書くものある? 筆談をしたい。』 私は首を傾げながらも、ボールペンと共に不要になったコピー用紙を渡す。 瀬崎さんは、それを受け取り、サラサラっとお世辞にも上手とは言えない字でペンを走らせる。 [ 武先生にストーキングされてない? ] はっ!? 私は首を横に振る。 [ このアパートの前の道は、300mくらい先で 公園に突き当たる。 途中で曲がる事もできるから、抜けられない 訳じゃないけど、普通は公園やその手前の 民家に用がなければ入ってこない道だ。 そこを何度も通りかかるなんて、不自然だよ。 夕凪ん家に来たとしか思えない。] っ!! 指摘されて、初めて気づいた。 [ 万が一、盗聴されてるといけないから、 筆談にした。 もし、少しでも変わった事があったら、すぐに 連絡して。] 私は、大きく頷いた。 私たちは、その後も無言で食事をし、瀬崎さんは帰っていった。 翌日、瀬崎さんが手配をしてくれた業者が来て、盗聴器や隠しカメラを探してくれたが、幸いなことに、そういった物は、ひとつも見つからなかった。 よかった。 だけど、本当に武先生がストーカーなの? そんな事をするようには見えないんだけど。 その夜、また瀬崎さんが来てくれた。 「夕凪が心配だったから。 っていうのは言い訳で、単に会いたかった だけなんだけど。」 そう言って、瀬崎さんは笑う。 今日は、1度ご実家に帰宅し、嘉人くんと食事をした後、自宅に帰る前に寄ってくれた。 瀬崎さんとお茶を飲みながら、まったりと会話する。 「夕凪は、明日から仕事だろ? 大丈夫?」 「うん。 きっと武先生にも、何かここを通る理由が あったんだよ。 そこまでして私に執着する理由が分からない もん。」 私があっけらかんと言うと、 「夕凪は人を信じすぎ。 ちょっとは、疑うとか警戒するとかした方が いいよ。 心配で仕方ない。」 と呆れられた。 「うーん、でも、武先生はそんな事をする タイプには見えないけどなぁ。 ほんとにいい人なんだよ?」 でも、武先生をよく知らない瀬崎さんには伝わらないかなぁ。 「とにかく、ちょっとでも何かあったら、 すぐに相談して。」 瀬崎さんが心配そうに言う。 「うん。ありがとう。 それより、嘉人くんは大丈夫かな?」 「嘉人?」 「先生ん家に行った、とか、美晴と遊んだ、 とか、言わないかな?」 言わない約束をしても、ぽろっとボロを出す事はあるかもしれない。 「言わないようには言っておくけど、万が一、 洩らすような事があっても、 スキー帰りに偶然会って、同い年の姪っ子と 意気投合して遊びに来たって、正直に 言えばいいと思うよ。」 「そっか。そうだよね。」 うん、別にやましい事は何もないし。 「学年主任さんが言うように、俺がここに 来てる事が、どこかから噂になるような事に なっても、料理を習ってるだけなんだから、 堂々とそう言えばいい。 嘉人だったら、夕凪先生が僕のママになる ために練習してるって喜ぶんじゃないかな。 誰かが嘉人を傷つけるような事を言っても、 嘉人は夕凪のために戦うと思うよ。」 それは嬉しいけど、人は想像するより残酷な事を言う時もある。 それが小さな嘉人くんに向かわなければいいけど… 「だから夕凪は、気にせず、料理を習えば いい。 俺も気にしないから。」 「ほんとにそれでいいのかな?」 大丈夫だと言われても、一抹の不安が残る。 私の不安の色を読み取ったのだろう。 瀬崎さんが妥協案を提示した。 「じゃあ、俺がタクシーで来るよ。」 「えっ?」 「車が目立つからダメなんだろ? なら、車で来なきゃいい。 タクシーなら、出入りの瞬間さえ 見られなければ、俺がここに出入りをしてる 事は分からないだろ?」 確かにそうだけど… 「でも、それじゃ、瀬崎さんにタクシー代を 払わせる事になるじゃない。 それは申し訳ないよ。」 私が言うと、 「それくらい、外にデートに行く事を思えば 安いものだろ? 気にしなくていいよ。」 そう…かもしれないけど… 「………いいの?」 「ふっ いいよ。 夕凪は、そんな些細な事、気にしなくて いいんだよ。 俺が会いたいんだから。」 キュン… 会いたいと言われて、胸の奥が締め付けられた気がした。 結局、次回からは、瀬崎さんがタクシーで来るという案を呑む事になった。 瀬崎さんに会いたいって言われると、嬉しいのもあって、なかなか反論できない。 こんな優柔不断な私でいいのかな? 嘉人くんの幸せより、自分のエゴを優先させてるんじゃないのかな? 多少の罪悪感を胸の奥にしまって、その日は瀬崎さんを見送った。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!