終業式

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終業式

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 終業式 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ それからは、卒業式の練習や、来年度に向けての会議、次年度のクラス編成など多忙を極めた。 宿題を見る時間もないほど忙しいのに、ドリルを3回目まで終わらせようと、毎日たくさん頑張ってくる子もいる。 そのやる気は尊重してあげたいので、私は死にそうに忙しいのに、にっこり笑ってチェックをする。 2回目まで終わるとシールを貼ってあげるんだけど、さらに3回目まで頑張った子には、キラキラの大きなシールをご褒美として貼ってあげている。 不思議なもので、やらない子はシールが貰えてもやらないし、やる子はシールがなくてもやる。 このやる気はどうすれば生まれるんだろう。 できれば、サボリ魔な子たちに分けて欲しい。 そして、明日はとうとう卒業式。 小学校にとって、1年で1番大切な行事。 練習に練習を重ね、歌や呼びかけを頑張ってきた。 会場準備の手伝いを終えると、私は校長室に呼ばれた。 「神山先生、内示が出ております。」 「はい。」 私は姿勢を正して、校長先生の言葉を待った。 「神山夕凪先生、4月1日より、 秋川市立西端(にしはた)小学校への勤務を 命ずる。」 「はい。」 よかった。 ここからそんなに離れてない。 「神山先生なら、どこへ行っても大丈夫です。 頑張ってくださいね。」 校長先生は、優しい笑みを浮かべて言ってくれる。 「ありがとうございます。 ここでの経験を生かして、頑張ります。」 私は、一礼して、校長室を後にした。 その夜、いつものように瀬崎さんから電話はもらったけど、内示のことは伝えなかった。 やっぱり、これは離任式まで言っちゃいけない事だと思うから。 翌日、無事、卒業式を終えた。 普段、じっとしていられない嘉人くんも、多少の手遊びや足をぶらんぶらん揺らす事はあったけど、最後までなんとか頑張った。 そして、とうとう終業式および修了式の日。 この子たちも、ようやく1年生を修了する。 私は式の前に教室で話をする。 「みんな、1年生でやる事、 精一杯がんばったかな? お勉強も遊びも係の仕事も、一生懸命 がんばれたよっていう子、手を挙げて。」 私がそう言うと、みんな一斉に手をあげる。 「はい。下ろして。 そう、みんな、とってもがんばったよね。 ドリルを4回やった子も、大嫌いなのに がんばって2回は終わらせた子も、二重跳びが できるようになった子も、後ろ跳びができる ようになった子も、できる事は違うけど、 一人一人が自分の中の精一杯の力で がんばれたのは、夕凪先生の自慢です。 1年1組は、こんなに頑張れる子ばかりの クラスなんだよって、他の先生にも胸を 張って自慢したいと思います。 だから、みんなも僕は私は、もっと頑張れるん だって事に自信を持ってください。 そして、2年生になっても、ずっと頑張る みんなでいてください。」 「はい。」 みんなが返事をしてくれる。 私はそこで大きく深呼吸をした。 「先生から、みんなにお話があります。」 子供たちは怪訝な顔をして私を見つめる。 「先生は4月から、他の小学校の先生になる 事になりました。」 「ええ〜!!」 子供たちが驚いた声をあげた。 「なんで? なんで先生行っちゃうの?」 嘉人くんは、立ち上がって駆け寄ってくる。 「嘉人さん、まだ授業中です。 授業中には席を立た…?」 「…ない。 でも、だって、夕凪先生が!」 分かってはいても席に戻れない葛藤を顔に滲ませる。 「先生もみんなともっとお勉強したかった けど、他所の小学校にも先生とお勉強したい っていうお友達がいるんだって。 だから、先生は4月から違う小学校に行く けど、きっとみんなとはまた会えるから、 それまでちょっとだけ、さよならね。」 私は、机を後ろに下げて、クラス写真を撮った。 すると、巡回していた三宅先生が声をかけてくださる。 「神山先生も一緒に入ってください。 私が撮りますから。」 教務主任の先生に撮ってもらうなんて… でも、にこにこ笑って手を出してくる三宅先生に断る事も出来なくて… 「ありがとうございます。 お願いします。」 とカメラを手渡した。 私は、子供たちの真ん中に入れてもらって、写真を撮った。 その後、机を戻して終業式のため、体育館に向かう。 無事、終業式を終えて、教室で成績表を一人一人に渡す。 手渡しながら、昨日から考えてきたその子その子のいいところを伝えていく。 学活の後は、離任式。 私は、1年1組を三宅先生にお願いして、校長室へ向かう。 再び、体育館へ入るが、さっきと違うのは、子供を先導しての入場ではなく、校長に先導されての入場だという事。 ステージ上に用意された席に着席して、離任式に臨む。 定年退職される先生から順に挨拶をしていく。 6人いる離任者のうち、私は5番目。 緊張とともに、マイクの前に立った。 「みなさん、こんにちは!」 「こんにちは。」 私が声を掛けると、全校児童から挨拶が返ってきた。 「私は3年間、この学校でお世話になりました。 最初は3年生だった今の5年生の担任でした。 とても明るくておしゃべりさんが多くて、 楽しいクラスでした。 だけど、授業と休み時間のけじめをきちんと つけられるしっかり者が多くて、私の理想の クラスでした。 昨年度は、5年生だった今の6年生を担任 させてもらいました。 さすが高学年。 一生懸命、委員会の仕事をがんばる姿は、 私の自慢でした。 そして、今年は1年生。 とっても小さくてかわいいみんなも、1年 経つと、とてもしっかり者のお兄さん、 お姉さんになりました。 きっと4月からは、新1年生のいいお手本に なってくれる事だと思います。 そんなみんなとお別れするのは、寂しくも ありますが、胸を張ってみんななら大丈夫 だと言えます。 どうかこれからも、みんならしく、元気で 明るい川上小学校を作り上げていって ください。 先生も時々、遊びに来たいと思います。 では、みなさん、また会いましょう。 さようなら。」 「さようなら。」 子供たちから、挨拶が返ってきて、続いて暖かい拍手を送られた。 泣き虫の私が、涙をこぼす事なく挨拶ができるなんて、自分で自分を褒めてあげたい。 私は元の席に戻り、最後の先生の挨拶を聞いた。 その後、各クラスの代表者から花束をもらう。 私が学活を終えて、校長室に行っている間に、三宅先生が決めてくださったクラス代表は、嘉人くんだった。 嘉人くんが代表に選ばれるなんて、三宅先生は、一体どんな決め方をしたんだろう? 私は、「へへっ」と照れ笑いをする嘉人くんから花束を受け取ると同時に、そのままぎゅっと嘉人くんを抱きしめた。 最後は、子供たちの作る花道を通って退場する。 今日は、昨日、卒業した6年生も来てくれている。 みんなとハイタッチをしながら、人垣を通り抜けていく。 1年生の前を通ると、何人かの女の子が泣いてくれていた。 それを見た途端、せっかく今まで我慢してたのに、一気に涙が溢れ出した。 私は、一人一人とハイタッチをし、握手をし、通り過ぎていく。 だけど、そんな時、みんなから一歩下がったところからこちらを眺める真央ちゃんを見つけた。 自閉症の真央ちゃんは、こういう時、自分から前には出てこれない。 私は、「ちょっとごめんね」と人垣をかき分けて、後ろの真央ちゃんのところへ行く。 「真央さん、またね。」 私はそう言って、真央ちゃんの手を取った。 真央ちゃんは、困ったように視線を彷徨わせながらも、こくんと頷いてくれた。 私は、また花道に戻り、みんなと触れ合っていく。 すると、私の後ろを1年生がついてきてしまう。 私の後ろにもまだ1人先生がいらっしゃるのに。 私は、振り返って、子供たちに声をかける。 「みんな、今はどこにいればいいのか、 分かるよね?」 子供たちは、顔を見合わせて、元の場所に戻っていく。 だけど、嘉人くんだけは、戻らないで、涙で顔をくしゃくしゃにして私の後ろにくっついていた。 「嘉人さん。」 私が声を掛けると、そばにいた三宅先生が嘉人くんの手を取ってみんなと並ばせようとしてくれた。 だけど、嘉人くんはその手を振り払って私の所へ駆け寄ってくる。 「夕凪先生、行かないで。 夕凪先生、行っちゃやだ。」 嘉人くんは、私の手を握って引き戻そうと引っ張った。 こんな風に引き止めてもらえるなんて、私はなんて幸せなんだろう。 私は、嘉人くんの前で立膝をついて、嘉人と目の高さを合わせた。 「嘉人さん、先生はずぅっと、嘉人さんの先生 だよ。 それは、嘉人さんが2年生になっても3年生に なっても、中学生になっても変わらない。 また、すぐに会えるから。 嘉人さんは、入学した時より、ずっといろんな 事を我慢できるようになったよね。 嘉人さんなら、もう大丈夫。 夕凪先生じゃなくても、きっと頑張って 素敵でかっこいい2年生になれるよ。 先生は、そんな嘉人さんを見てみたいな。」 私は嘉人さんの両腕をしっかり握って話をする。 「すぐって、いつ?」 嘉人くんは、しゃくりあげながら、尋ねる。 「うーん、お約束はできないけど、嘉人さんが 先生の事を忘れないうちにきっと会えるよ。」 「僕、先生の事、ずっと忘れないもん。」 ふふっ ほんと、かわいい。 嘉人くんのその一言で、せっかく止まった涙がまた溢れてきた。 「うん。 先生も嘉人さんの事、ずっと忘れないよ。」 私はもう一度、嘉人くんを抱きしめ、床に置いた花束を持ち上げて、立ち上がった。 私は、そのまま、花道を通り抜けて、校長室へと向かった。 ・:*:・:・:・:*:・ 離任式は終わったが、異動は4月1日だ。 離任式後も、午後は通常勤務が続く。 職員室でお弁当を食べていると、武先生が教えてくれた。 「今日の花束贈呈、1組の子、ほとんど全員が 手を挙げたんですよ。」 「えっ?」 普段の授業では、なかなか全員の手は挙がらない。 「自閉の真央が小さく手を挙げてるのを見た とき、夕凪先生は本当にいい先生だったん だなぁと思いましたよ。」 「えっ? 真央ちゃん、手を挙げたんですか?」 真央ちゃんは、授業でも自分から手を挙げた事は一度もない。 「ええ、挙げてました。 あまりにもたくさんの手が挙がったので、 困った三宅先生が、 『この中で1番、神山先生のお世話になった のは誰?』 って聞いたら、全員が瀬崎嘉人を指差した ので、嘉人が代表になったんです。」 そういう事だったんだ。 1番しっかりしてる子とか、上手にお話ができる子だったら、嘉人くんは選ばれてない。 ふふっ 三宅先生、粋な選び方するなぁ。 「あれ? でも、その時2組さんはどうしてたんです?」 「廊下に並んでたよ。 俺も廊下から、1組の様子を見てた。」 武先生は、笑う。 「でも、これで晴れて担任と保護者じゃ なくなりましたね。」 これは、なんて返せばいいのか… 「俺、高学年を希望しないで、持ち上がりを 希望すればよかったかな。」 武先生は声を潜めて言う。 「なんでですか?」 「だって、授業参観に来る夕凪先生、見もの じゃないですか。」 くくっと楽しそうに笑う武先生は、ちょっと意地悪だ。 「もう、知りません。」 私は歯ブラシを持って立ち上がり、武先生から逃げ出した。
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