瀬崎夕凪に…

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瀬崎夕凪に…

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 瀬崎夕凪に… ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ そうして、仕事もプライベートも忙しく過ごしているうちに、あっという間に6月。 私はAccueil(アクィーユ)の2階の廊下で、父と並んで扉が開くのを待つ。 純白のドレスを身に纏い、緊張に押しつぶされそうになりながら、父の腕を取る。 「ゆうちゃん、きれい〜」 「うん、夕凪先生、すっごくきれい!」 後ろからかわいい声が聞こえて、一気に緊張が解ける。 「ふふっ、ありがとう。 でも、みぃちゃんの方がかわいいし、 嘉人くんはとってもカッコいいよ。」 私は振り返って、ベールガール&ベールボーイの2人に言う。 今日は、美晴はピンクのドレス、嘉人くんは黒のタキシードを着て、お手伝いをしてくれている。 おめかしをした2人は、本当にかわいい。 扉が開くと、目の前には、バージンロードに見立てた赤いカーペット。 その先に、ゆっくん。 ゆっくりとカーペットを進み、父のもとを離れて、ゆっくんの腕を取る。 参列者の前で愛を誓い、婚姻届にサインをする。 指輪も、さっきのベールガールとベールボーイが運んできてくれた。 ゆっくんに指輪をはめてもらい、私もゆっくんに指輪をはめる。 誓いのキスは…額。 だって、子供の前でキスって、なんか違う気がして… だから、額。 ゆっくんは、背が高いから、額が丁度いい。 そのまま披露宴に入り、しばらくして、突然扉が開いて、スポットライトが入り口に当たった。 何!? 私が驚いていると、扉の左右から子供たちが現れて並んだ。 と同時にピアノの音色が流れる。 見れば、招待客の1人、学年主任の松井先生がピアノを弾いている。 音楽の先生だけあって、うっとりするほど綺麗な音色。 流れてきたのは、『はなみずき』の優しい歌声。 今の学校では、全校で同じ歌を朝の会で歌う。 月ごとに曲が変わり、5月の歌が『はなみずき』だった。 『いい曲だけど、低学年には難しすぎない?』って松井先生に聞いたら、『5月だから』って、あっさり返されて、まあ、そんなものかと思ってたんだけど… 校長も嬉しそうに、にこにこ笑いながら口ずさんでる。 しかも、なんで? 私と歌ってた時と歌い方が違う。 ちゃんと強弱をつけてて、すごく上手。 もう、胸がいっぱいで… サビに入ると、抑えきれなくて、涙が溢れた。 ゆっくんが隣からハンカチを差し出してくれて、手を握ってくれた。 子供たちは合唱が終わると、 「夕凪先生、ご結婚、おめでとうございます!」 と声を揃えて言ってくれた。 すると、いつの間にいたのか、すぐ後ろからスタッフの女性にマイクを渡され、司会者から一言を求められる。 一言って言われても、今、口を開いたら、涙が止まらなくなるよ。 「みんな、わざわざ来てくれてありがとう。 歌もとっても上手だったよ。」 私は、ゆっくんのハンカチを握りしめて、鼻水を押さえながら、頑張ってお礼を言った。 その後、お色直しに中座したついでに、涙で崩れたメイクを直してもらい、また席に戻る。 和やかに進む披露宴だったが、また、扉が開き、スポットライトが入り口に当たり、子供たちがまたわらわらと現れて整列する。 えっ? 何? だって、2年3組はもう歌ってくれたよ? だけど、その中心に廊下からではなく、会場内から走っていく見慣れた姿。 「嘉人くん。」 高砂席からは離れているから、よく見ないと顔が分からないけど、今、並んでるのは元1年1組の子供たち。 ピアノは、やっぱり松井先生。 今度、流れてきたのは、『向日葵の約束』 ひまわりのように元気いっぱいに歌ってくれた。 そして、最後にやっぱり、 「夕凪先生、ご結婚、おめでとうございます。」 と声を揃えて言ってくれた。 せっかく直してもらったメイクが崩れないように、一生懸命涙を堪えていると、なぜか嘉人くんがマイクを持っているのが、目に入った。 えっ? 何? 「ひまわりのような夕凪先生。 夕凪先生がいつもひまわりみたいに笑える ように、僕は頑張っていい子になります。 パパと僕と一緒にひまわりみたいな家族に なろうね。 夕凪先生、僕のお母さんになってくれて、 ありがとう。 お母さん、大好きです。」 初めて、嘉人くんから、お母さんって呼ばれた。 嘉人くんからのメッセージが嬉しくて、我慢してた涙が、さっきの比ではないほど溢れて、顔をあげられなくなってしまった。 また、スタッフにマイクを渡されたけど、私は何も言えなくて… ただ嗚咽を漏らすばかりで… 喋るのは慣れてるはずなのに、こんなに何も言えなくなるなんて… 「………はい。」 私は泣きながら、それだけをようやく絞り出した。 そんな私の背中をゆっくんがとんとんと優しく叩いてくれる。 ようやく落ち着いた私だったが、その後に続くのは、両親への手紙。 私は、また、泣いてしまった。 そのあと、ゆっくんの挨拶。 その中で、 「夕凪は、荒んだ俺の心に咲いた一輪の ひまわりでした。 この優しいひまわりを100年後も咲かせ 続けられるように、一生をかけて守って いきます。」 と言われて、また泣いてしまった。 結婚式って、こんなに泣けるものなの? 今まで、何回か友人の結婚式に出たけど、こんなに新婦が泣いてるの、見た事ないよ。 自分でも呆れるほど涙がこぼれたけど、止めようと思って止められるものでもなくて、私は化粧を崩しに崩した。 その夜、私たち家族は、3人で役所に出向いた。 3人で婚姻届を提出し、私は晴れて、瀬崎夕凪になった。 「夕凪の名前は、俺の嫁になるためにつけて もらったみたいだな。」 帰りのタクシーでゆっくんが言う。 「なんで?」 「瀬崎って、浅瀬に続く岬って意味だし、 夕凪も、夕なぎって、夕方の穏やかな海の事 だろ。 なんだか、情景が目に浮かばないか?」 言われてみれば… 「ふふっ じゃあ、私たち、こうなる運命だったんだね。」 私たちの間に座る嘉人くんは、すでに夢の世界へと旅立っていた。 家族3人、ここから幸せが待つ未来へ向かって歩み出そう。 たとえ、困難が待ち受けていたとしても、その先には必ず幸せが待っていてくれるはずだから。 ─── Fin. ─── この後、番外編へと続きます。 併せて読んでいただけると嬉しいです。
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