入学式
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入学式

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 入学式 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 「お は よ う ご ざ い ま す!!」 入学式の朝、私は明るく元気に教壇から挨拶をする。 「お は よ う ご ざ い ま す!!」 子供達も声を揃えて挨拶を返してくれる。 かわいい〜!! 昨年度は5年生の担任だったから、1年生は可愛くて仕方ない。 私、小学校教諭になって6年目の神山夕凪こうやま ゆうなは、この春、1年生の担任になった。 私の後ろには、昨日、1日がかりで描いた『にゅうがく おめでとうございます』の文字と大きな桜の木。その下には、ランドセルを背負ったうさぎさんとくまさん。 手をチョークの粉まみれにして、何度も描き直しながら、頑張った。 私は入学式に向けて、子供達に必要事項を説明する。 「今日は、この後、入学式があります。 この中で卒園式に出た事がある子、 いるかな?」 「はーい!」 「はい!」 元気よく全員が手を挙げる。 ふふっ 素直でいいなぁ。 「入学式はね、」 「先生、ぼくね、卒園式でね、」 1番前の席の男の子が、私の説明に割り込んで話し始める。 瀬崎嘉人せざき よしとくん。 保育園からの書類に書いてあった。 《 クラス中を振り回す問題児 》 だから、出席番号順だけど、彼が1番前の席になるように机の並びを工夫した。 「嘉人よしとさん、今、先生がお話したいから、 嘉人さんのお話は、また今度ね。」 「ええ!? だって、ぼく、卒園式したもん。 だからね、その時ね、」 嘉人くんの話は終わらない。 「嘉人さん、先生がお話しないと、みんなが 入学式に行けないの。 お話、聞いてくれるかな。」 「うん、あとでね。 でね、ぼくね、」 うーん、手強い… でも、後ろにも廊下にも、綺麗に正装した保護者が並ぶから、声を荒げて怒る訳にもいかない。 「瀬崎嘉人さん!」 「はい!」 返事はいいんだけどなぁ… 「今から、1組のみんなで競争をします。 嘉人さんは、がんばれるかな?」 「かけっこ!? ぼく、かけっこ速いから、絶対勝つよ。」 「残念。かけっこでは、ありません。」 「ええ!? 競争じゃないの?」 「競争は競争でも、誰が1番長くお口に チャックできるか競争です。 先生のお話が終わるまで、一言もおしゃべり しなかった子が勝ちです。」 私が言った途端に、嘉人くんは真一文字に口を引き結んだ。 私は、説明をする。 嘉人くんは、一生懸命、我慢する。 うん、やろうと思えばできるじゃん。 私は、少しほっとした。 「入学式では、いろいろな人からお祝いの 言葉をいただきます。 前に立った人が、 『ご入学おめでとうございます。』 と言ったら、みんなは、 『ありがとうございます。』 と元気よくお礼を言いましょうね。」 「はい!」 「じゃあ、練習しますよ。 ご入学おめでとうございます。」 「あ り が と う ご ざ い ま す。」 クラス中がお礼を言う中、嘉人くんは黙ったまま。 「嘉人さん、『ありがとうございます』は?」 「喋ったら負けなんでしょ? ぼくの勝ち?」 嘉人くんは満面の笑みを浮かべる。 うーん… たしかに、喋るなとは言った。 だからって、返事も挨拶もしないとは… 「嘉人さん、静かにできましたね。 花丸です。 じゃあ、今度は、挨拶の練習ですよ。 おめでとうございます。」 「あ り が と う ご ざ い ま す。」 今度は嘉人くんも挨拶した。 よかった。 だけど… はぁ… 入学式に行く前から、こんなに大変なんて… ・:*:・:・:・:*:・ 「木村先生〜、無理です〜! 自信ありませんよ〜」 私は、その日のお昼、お弁当のエビフライを頬張りながら、学年主任の男性教諭に泣きついた。 「神山こうやま先生なら、大丈夫ですよ。 自信持って、頑張ってください。 困った時は、いつでも相談に乗りますから、 声、掛けてくださいね。」 木村先生が微笑んでくれる。 ああ、癒される〜 木村武きむら たける先生。 36歳。独身。………イケメン。 子供にはもちろん、保護者からも人気がある。 こんなにいい人なのに、なんで独身なんだろう? 毎日、仕事を頑張りすぎて、結婚できないタイプ? いやいや、普通は女が放っておかないと思うんだけど。 「嘉人くん、保健調査票によると、まだ正式な 診断は受けてないんですよね? 家庭訪問でお願いした方がいいんですか?」 「そうだねぇ。 もし、その前に何かトラブルがあるようなら、 保護者の方に学校に来ていただいてお願い する事もあるけど、何事もなければ、 家庭訪問の時でいいと思います。 まぁ、今日の感じだと、間違いないと 思いますけどね。」 何が間違いないのかというと、嘉人くんがADHDという発達障害を抱えてるという事。 注意欠陥・多動症とも呼ばれるこの障害は、時に、わがままや自己中心的に見られる事も多く、お友達とのトラブルも起こしやすい。 生まれつきの障害なので、本人もどうしようもない部分もあるけれど、今は症状を抑える有効なお薬もあるし、早めに分かれば、対処の仕方を覚えて、障害との上手な折り合いのつけ方を学ぶ事もできる。 そうやって、嘉人くんが少しでもお友達と仲良くできたらいいな。
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