家庭訪問
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家庭訪問

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 家庭訪問 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 四月末、家庭訪問が始まった。 入学式からひと月弱、嘉人くんは、ほぼ毎日、なんらかのトラブルを起こしてくれた。 鬼ごっこで3回捕まって鬼になった直後、捕まえた男の子を突き倒して、膝を擦りむくケガをさせた。 給食のおかわりジャンケンに負けて、手に持ってた空のお皿を投げつけた。 廊下を走って、お友達とぶつかって転び、お友達は腕を、嘉人くんは頭を打撲した。 授業を止める事は、最早もはや、日常と化している。 嘉人くんに言っても、直らない。 というか、直せない。 それは障害なんだから、努力で多少、抑える事は出来ても、他の子と同じように我慢するのは、とても難しい。 言ってみれば、普通の人に100メートルを10秒以内で走れと言うようなものだ。 努力すれば、多少速くはなるが、10秒を切れるのは、限られたごく僅かの人だけだ。 嘉人くんは、嘉人くんなりに頑張っている。 席を立つ回数は、入学式の頃よりだいぶ減ったし、ダメな事はダメだという認識もある。 ただ、衝動的に動いて失敗し、本人も反省と後悔を繰り返してる。 自分がした事が、悪い事だという認識があるんだから、これからの努力でなんとか日常生活に支障をきたさないように育ててあげたい。 と、理想はあるんだけど、現実はなぁ… 毎日、嘉人くんのおかげで、疲労困憊、ヘトヘトだよ。 嘉人くんは、手は掛かるが、明るくて元気で、なぜかみんなの人気者。 だから、余計に困る。 クラスが嘉人くんに引きずられる。 授業中に嘉人くんがふざけると、クラスが笑いに包まれる。 と言えば聞こえはいいが、そのまま他の子もつられてふざけ始めて、授業が崩壊する。 嘉人くんは、かわいい悪魔だ。 誰か、助けて! 木村先生がどんなにいい先生でも、隣のクラスで授業をしてる以上、授業中は助けてくれない。 放課後、相談に乗ってくれるのが、精一杯。 私は、疲れた体に鞭打って、家庭訪問のため、住宅地図のコピーを貼り合わせる。 大きな地図に、マーカーで児童の自宅に印を付けていく。 時間に余裕を持たせてスケジュールを組んではあるが、いまどきのお母さんは、予定より10分遅れただけでクレームを言ってくる人もいる。 準備だけは完璧にしておかないと! ・:*:・:・:・:*:・ 翌日 17時 嘉人くん家は、話が長引く事を想定して、その日の1番最後に設定した。 玄関でインターホンを押す。 『はーい。』 お母さんらしき声が応対してくれて、すぐにドアが開いた。 若い! 私より若いかも。 私はお母さんを見た瞬間にそう思ったが、表情には出さず、落ち着いて挨拶をする。 「こんにちは。 嘉人さんの担任の神山(こうやま)です。 本日はお忙しい中、お時間を取っていただき、 ありがとうございます。」 「いいえ、どうぞ。」 お母さんは上がるよう勧めてくださるが、正直、靴を脱ぎたくない。 「いえ、ここで結構です。」 私はやんわりとお断りをして、玄関先に腰を下ろす。 「嘉人さんは、学校では、毎日、とても元気 ですが、お家ではいかがですか?」 「元気すぎて、めっちゃ大変。 遊びたいだけ遊んで、片付けないし、 バカだし。」 私は耳を疑った。 母親が、我が子にバカって言う!? 母の愚痴はその後も続いた。 子育てに辟易してるのが、ありありと分かる。 「実は、嘉人さんは、ADHDの可能性がある のではないかと思うんです。」 私は意を決して告げる。 「は? 何、それ?」 お母さんは怪訝そうに尋ねる。 っていうか、このお母さん、ずっとタメ口じゃない? 「発達障害の一種なんですが、注意欠陥・ 多動症とも言われます。 お聞きになった事はありませんか?」 「さあ。 それって、嘉人が障害児って事?」 「そうと決まった訳ではありませんし、 皆さんが気づいていないだけで、 ADHDの方は、大勢いらっしゃいます。 一度、専門のお医者さんの診断を受けて いただけませんか?」 「受けたら、何か変わるの? 嘉人はバカだけど、障害者じゃないし。」 その声色から、お母さんが憤慨しているのが伝わる。 「障害と言っても、気づかれない事も 多いので、この先、嘉人さんが生きにくいと 感じる事があるかもしれません。 嘉人さんの将来のために早めに対処して あげたいんです。」 私は、薬がある事や、対処法を学ぶための通級指導教室がある事などを説明した。 お母さんは、納得したようには見えなかったが、ここでお母さんを追い詰めてもいけないと思い、その日は一旦、話を切り上げ、お暇する事にした。 今日、お母さんと話してて思った事。 お母さんも、感情の起伏が激しく、怒りや不快感を全く隠そうとしない。 もしかすると、お母さんも気づかれなかっただけで、ADHDだった可能性がある。 これは、ちょっと大変かも… それから、数日後、ゴールデンウィーク明けの今日、嘉人くんのお父さんから、学校に電話があった。 「お電話変わりました。神山です。」 『嘉人の父です。 いつもお世話になっております。』 うわっ、低音の渋い声。 「いえ、こちらこそ、お世話になって おります。」 『実は妻から、嘉人が障害児の可能性が あると聞いたので、詳しい話を伺いたい と思いまして。 仕事が終わった後、学校に伺うので、先生の ご都合のいい日にお時間を取って いただけませんか?』 「はい。 何時頃になりそうですか?」 『7時には伺えると思うのですが、 大丈夫でしょうか。』 腰の低い、感じのいいお父さんだな。 「構いませんよ。 今週なら、いつでも大丈夫ですが、 何曜日にしましょうか?」 『では、金曜の夜に伺っても よろしいですか?』 「はい。では、金曜日にお待ちしております。」
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