最後の授業参観

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最後の授業参観

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 最後の授業参観 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 週が明けて、授業参観の日がやってきた。 子供たちは、少し緊張した様子で休み時間も練習をしている。 私は、朝の会でみんなに聞いてみた。 「今日、お家の人が見に来てくれるよ〜って いう子、手を挙げて。」 「おばあちゃんでもいいの?」 そう聞いたのは、10日前に弟が生まれた明美(あけみ)ちゃん。 「もちろん。」 私がそう答えると、クラス全員の手が挙がった。 つまり、瀬崎さんと御岳さんと私がひとつの教室に揃うという事だ。 私もいつもとは違う緊張が走る。 だけど、こればかりは逃げられない。 短縮日課の午前中を終え、給食、掃除の後、教室の机を廊下に出した。 椅子だけ残して、縄跳びやこま回しのためのスペースを確保する。 5時間目がやってきた。 日直の号令で授業を始める。 司会は、立候補者の中から挙手投票で選ばれた瑠奈(るな)ちゃんと貴博(たかひろ)くん。 「これから、『がんばったよ発表会』を 始めます。」 「たし算カードをする子は、前に出てきて ください。」 たし算カードの2人が前に出て、順に読み上げていく。 スラスラとたし算をする2人に拍手が送られた。 そのあと、ひき算が続き、漢字の子は黒板に得意な漢字を3つずつ書いていく。 生活でやった昔の遊びから、お手玉の子、けん玉の子、こま回しの子…と続く。 英語で動物の名前を言っていく子もいる。 最後に縄跳びの子。 あや跳びの子、交差跳びの子、最後に二重跳びの子と続く。 嘉人くんは、もちろん二重跳び。 教室の窓側から瀬崎さんが見守る。 廊下側には御岳さん。 今日はおしゃべりはしていないが、視線は真奈ちゃんのお手玉以外は、やっぱり瀬崎さんを向いている。 嘉人くんが二重跳びを20回跳ぶと、子供からも保護者からも「おお!」と低い声で歓声が上がった。 瀬崎さんは、嬉しそうに我が子に拍手を送る。 「これで『がんばったよ発表会』を 終わります。」 司会の2人がそう言って、1年生最後の授業参観が終わった。 その後、子供たちを下校させると、学級懇談会が始まる。 私が学校での様子を話し、保護者の方が家での様子を話してくれる。 話題は、ゲームにかける時間。 全然やらない子と、宿題もやらずに寝る間を惜しんでゲームをする子がいる。 保護者の方の意見を伺って、懇談も無事終了…と思われた矢先、初めて懇談に参加した御岳さんから質問が来た。 「先生は、子供がノートを学校に忘れたら、 わざわざ家まで届けるんですか?」 これは、この間の事を他の保護者の前で攻撃しようとしている? 「私が気づいた時は、毎回、ご連絡させて いただいてます。 この中にも、何人かご連絡して、必要なら 私の仕事帰りに届けますとお話をした方が いらっしゃいます。」 「あ、うちも連絡をいただきましたよ。」 そうおっしゃってくださったのは、莉乃(りの)ちゃんのお母さん。 「漢字ドリルの宿題の日で、ノートが 引き出しに入ったままになってたからって。」 それを受けて、私は補足する。 「ただ、先生によっては、忘れた本人の責任だ とおっしゃって、そのままにされる方も 多いので、2年生になったら気をつけて くださいね。」 「じゃあ、なんで神山先生はわざわざ連絡を するんですか。」 御岳さんは、攻撃の手を緩めない。 「1年生ですからね、ノートがない時に どうすればいいのか分からなくて困ってる んじゃないかと思うんです。 だから、国語のノートにやってもいいよって 事をお伝えするとともに、保護者の方が 必要だとおっしゃるお子さんにはお届けする ようにしてます。 その子によっては、他のノートじゃ嫌だと 強いこだわりを見せる場合もありますから、 私のできる範囲でその子の不安を 取り覗ければと思ってご連絡して保護者の 方の判断を仰いでます。」 瀬崎さんは、私が話すのを黙って見守っていてくれる。 「じゃあ、なんで先生は、ノートを届ける ついでにその家に上がり込んで、お食事まで 食べていくんですか?」 それもバラすのか… 他の保護者がざわつく。 「それは、軽率だったと反省してます。 既にわざわざ、食事を用意してくださって いるのをお断りするのは、返って失礼な気が したものですから、お言葉に甘えてしまい ました。 今後はそのような事がないようにしたいと 思います。」 「あの、何の事をおっしゃってるんですか?」 莉乃ちゃんのお母さんが他の保護者を代表して質問する。 「実は、先日、ノートをお届けした際に、 お礼だと思うんですが、 『食事を用意したから一緒に食べていって ください』 とおっしゃっていただいたんです。 わざわざ作ってくださったものをお断り しづらくて、ついお言葉に甘えてしまい ました。 それは教師としては軽率だったと反省して ますし、今後はそのような事がないように 努めたいと思います。」 私が言うと、 「それは、断りにくいですよね。 私でもいただくと思います。」 と礼央くんのお母さん。 味方が増えたみたい。 嬉しい。 分が悪いと判断したのか、御岳さんはそれ以上何も言わなかった。 懇談は無事、終了した。 その後、また保護者の方が個別に質問に訪れる。 2年生で使うノートの事。 今、ノートがなくなったら、次は何を買えばいいのか。 ドリルを3回目まで終わらせてる子もいるが、させた方がいいのか。 懇談に参加する保護者の方は、基本的には真面目で熱心な方が多いので、質問も多岐にわたる。 最後に瀬崎さん。 だけど、近くで御岳さんが聞き耳を立てている。 「先日は、私の軽率な行動でご迷惑をかけて、 申し訳ありませんでした。 今日もこんな風に攻撃されるとは思って なくて、本当にご迷惑をおかけしました。」 あくまで、保護者に徹して話してくれてる。 「いえ、瀬崎さんのせいではありませんから、 気になさらないでください。」 「ありがとうございます。 まさか、子持ちの私にストーカー行為を働く 人がいるなんて、思いもしませんでしたから、 本当にご迷惑をおかけしました。」 ん? これ、御岳さんにわざと聞かせてるよね? それを聞いた御岳さんは、そそくさと居なくなってしまった。 「くくっ 逃げるくらいなら攻撃しなきゃいいのに。 ひとりでよくがんばったな。」 誰もいない教室で、瀬崎さんが頭を撫でてくれる。 だけど、教室なんて、いつ、誰が通りかかるか分からない。 私は、慌てて一歩下がって距離をとった。 「くくっ 職場じゃしょうがないか。 続きはまた今度。」 そう言って瀬崎さんは、教室を去っていった。 はぁ… いつになく疲れた。 授業参観より、懇談の方が100倍疲れるよ。
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