返事

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返事

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 返事 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 午後の職員会議を終え、定時に帰宅する。 携帯には、瀬崎さんからメールが届いていた。 [ 今日、7時頃、行くよ。 それより帰りが遅くなるようなら、 連絡して。] だから、私は返信をする。 [ 今、帰宅しました。 夕食を用意して待ってます。] 私は、あまり得意ではない料理を瀬崎さんのために頑張った。 瀬崎さんに教えてもらったポークソテー。 実家から届いたばかりの春キャベツを添える。 初めは短冊切りにしかならなかったキャベツも、今では千切りとは言えないまでも、800切りくらいにはなってるんじゃないかと思う。 7時過ぎ、瀬崎さんがやってきた。 「夕凪、お疲れ様。」 「瀬崎さんもお疲れ様です。」 約束の終業式。 意識してしまう私は、どこかぎこちない。 「今、嘉人に会いに実家に寄ってきたん だけど、泣き疲れて寝てたよ。」 「えっ?」 そんなに泣いたの? 「くくっ 今日は、それはそれは、大変だったらしい。」 「そうなの?」 「うん。 母の話では、帰るなり、 『夕凪先生が、夕凪先生が、』 って泣き喚いて、暴れたらしいよ。」 それは、嬉しいような、困ったような… 「母親が出てった時もこんなに泣かなかった し、暴れるなんて事なかったのに。 夕凪は、母親より特別な存在なのかも しれないな。」 瀬崎さんは、私の肩を抱き寄せる。 「嘉人の担任じゃなくなった夕凪に改めて 言わせて。 夕凪、愛してる。結婚しよう。」 「…はい。 私もずっと瀬崎さんが好きでした。 よろしくお願いします。」 私がそう言うと、瀬崎さんは嬉しそうに顔を綻ばせた。 「分かってたけど、ちゃんと夕凪に言って もらうと、やっぱり嬉しいな。」 瀬崎さんは、私のうなじに手を添えると、そっと触れるだけの優しいキスをした。 「さっ、せっかく夕凪が作ってくれたん だから、冷めないうちに食べなきゃ。」 瀬崎さんはそう言うと、手を洗って食卓につく。 「いただきます。」 2人で手を合わせて、食事を始める。 でも、私は瀬崎さんの感想が気になって、食べられない。 「うん、うまいよ。 ちゃんと筋切りもしてあるし、味もいい。 夕凪は、やっぱり、やればできるんだな。」 瀬崎さんに褒められて嬉しくなった私は、ようやく食事に箸をつけることができた。 食後、私は今日の学校での事を話す。 嘉人くんが花束を渡す代表になった事。 花道で泣いた事。 それを聞く瀬崎さんは、やはりお父さんの顔だった。 「嘉人には、いつ言おうか。 本当は明日にでも言ってやりたいんだけど、 いくらなんでも、早すぎるよな?」 瀬崎さんに尋ねられる。 「あのね、終業式は終わったんだけど、厳密に 言うと、私はまだ嘉人くんの担任なの。 31日までは、嘉人くんに何かあったら、私が 担任として動く事になるから、本当はまだ 瀬崎さんと付き合っちゃダメなんだ。」 「まぁ、そうだよな。」 と瀬崎さんは分かってた口ぶりで答える。 「だから、早くても4月1日以降じゃないと ダメなの。 でね、できれば、私の口から嘉人くんに 話したいんだけど、ダメかな?」 「夕凪から?」 「うん。 嘉人くんとは、ちゃんと正面から向き合い たいから、瀬崎さんに全部任せるんじゃ なくて、私がちゃんと言いたいの。 ダメ?」 これはちょっと出しゃばりすぎ? お父さんに任せるべき? 「分かった。 じゃあ、3人で話そう。 夕凪が話すのを俺が横で見てるのは いいんだろ?」 「うん! ありがとう。」 よかった。 「じゃあ、善は急げ。 4月の最初の土曜日にうちで話そう。 いい?」 「うん。 嘉人くん、喜んでくれるといいんだけど。」 「喜ぶに決まってるだろ。 喜びすぎて、夕凪を独り占めしそうで 怖いんだけど。」 ふふっ 瀬崎さん、嘉人くん相手にヤキモチ? なんかかわいい。 「私は、嘉人くんとは結婚しませんよ?」 私がそう言うと、 「くくっ そうだよな。」 と苦笑いをこぼした。 その後2人で食器を洗い、コーヒーを飲む。 「夕凪、結婚式は6月でいい?」 「ん? あれ、本気だったの?」 幾ら何でも早くない? 「 本気だよ。 俺はできるなら、明日にでも結婚したい気分 なんだけど、さすがにそれはご両親に挨拶も したいし、 いろいろ準備もあるから。」 早いけど… 噂が広まって、周りからあれこれ言われる前に結婚してしまった方がいいのかもしれない。 「うん。 よろしくお願いします。」 私はカップを置いて、頭を下げた。 「こちらこそ、よろしく。俺の奥さん。」 瀬崎さんはそう言うと、立ち上がって私の隣に腰かけた。 そして、私の手を握り、誓う。 「一生、夕凪を大切にする。 必ず、幸せにするから。」 「はい。」 私が返事をし終える前に、瀬崎さんの手が私の頬に添えられる。 「夕凪、愛してる。」 その言葉とともに、唇に柔らかな温もりが落とされた。 何度も繰り返されるキス。 私は瀬崎さんの胸に手を添えた。 「夕凪、今夜は泊まってもいい?」 瀬崎さんが耳元で囁く。 私は、どう答えていいのか戸惑いながらも、こくんと頷いた。 「じゃあ、シャワー浴びておいで。」 シャワーって、そういう事だよね? そんなの久しぶりすぎて、うまく返事ができない。 素直に先に行けばいいの? それとも、瀬崎さんどうぞって言う? 私は経験の乏しい頭をフル回転させていると、 「それとも一緒がいい?」 と聞かれてしまった。 私は、慌ててブンブンと首を振り、逃げるように浴室に向かった。 はぁ… シャワーひとつでこんなにいっぱいいっぱいで、今夜、私、大丈夫なのかな。 私は、シャワーを浴びる。 で、また悩む。 何、着ればいいの? 普通にパジャマ? だけど、私のパジャマは、かわいいニャンコ柄。 色気も何もあったもんじゃない。 かといって、洋服を着るのも変な気がするし、他にセクシーな何かを持ってる訳じゃない。 こんな事なら、かわいい部屋着でも買っておけばよかった。 後悔先に立たず。 私は諦めて、かわいいニャンコのパジャマを着た。 私はバスタオルを肩に掛け、ドライヤーを持って瀬崎さんの待つ部屋へ戻る。 「瀬崎さんもどうぞ。」 私が声を掛けると、 「夕凪、かわいい。」 と私の頬に手をそえる。 「髪を乾かして待ってて。」 瀬崎さんはそう言うと、私の頬をひと撫でして浴室へと消えた。 はぁ… 心臓が飛び出すかと思った。 シャワーを浴びるだけで、こんなにドキドキして、私の心臓、一晩もつのかな。 ドキドキしながらも、私は髪を乾かす。 私の髪がほぼ乾いた頃、瀬崎さんは戻ってきた。 「あ、どうぞ。」 私はドライヤーを渡す。 くすっ 瀬崎さんが笑った気がした。 やっぱり緊張してるのが分かるのかな。 瀬崎さんが髪を乾かしている間中、私の心臓は早鐘を打つように鳴りっぱなしだ。 髪が湿って、無造作に掻き上げた瀬崎さんは、いつにも増して色っぽくて、どこを見ればいいのかも分からない。 私が落ち着かないでそわそわしていると、ドライヤーの電源を切った瀬崎さんが立ち上がった。 「夕凪、上に行こうか。」 私は、頷くのが精一杯だった。 階段を上りながら、私はふと思い出した。 「あ、クリスマス!!」 「ん? 何?」 私は振り返って言う。 「瀬崎さん、酔った私を2階まで運んで くれたよね?」 「ん? ああ! そんな事もあったな。」 「あの時は、本当にごめんなさい。 重かったでしょ?」 本当に申し訳ない。 「くくっ 全然、重くないって言ったら、嘘になるかな? でも、夕凪に堂々と触れるんだから、 ちょっとくらい重くても、役得だよ。」 そうだよね。重いよね。 私なら、お米を半俵運ぶのも無理だもん。 ちなみにお米1俵が約60㎏、半俵で30㎏。 私の実家のような農家はお米は玄米の状態で30㎏入りの紙袋に入れて保管して、その都度、精米機で精米して食べる。 私は30㎏どころじゃないもん。 それを担いで階段を上るなんて、私には絶対に無理。 「本当にごめんなさい。 これからは、飲みすぎないように 気をつけるね。」 私が頭を下げると、 「大丈夫。 もうすぐ、一つ屋根の下で暮らすんだから。 飲み過ぎる前に、俺がベッドに誘うよ。」 と意味あり気に微笑まれた。 それって… 「くくっ 夕凪、顔、赤いよ。 何、想像したの?」 「えっ? いえ、あの、別に… 」 それ、聞く? 瀬崎さんって、時々いじわるになるよね。 「夕凪、おいで。」 瀬崎さんは、ベッドに腰掛けると、優しく私の手を引いた。 私は、瀬崎さんの隣に腰を下ろす。 「夕凪、一生、大切にする。 必ず、幸せにするから、死ぬまで俺だけを 見てて。」 「うん。」 そっか。 瀬崎さんは、前妻さんに浮気されたから、私にはして欲しくないって思ってるのかな? 「瀬崎さん、私は瀬崎さんを悲しませるような 事はしないから。 だから、ずっと私のそばにいてね。」 私がそう言った直後、ふわりと抱きしめられた。 「約束する。 死ぬまで俺は夕凪を守るよ。」 そう言った直後、私を抱きしめる腕にぎゅっと力が入った。 まるで、決意を新たにした事を伝えるみたいに。 瀬崎さんは、優しく私に触れる。 その手が、舌が、私の理性を奪っていく。 自分でも恥ずかしくなるような甘い声がこぼれて止められない。 私は、身も心も蕩けさせられ、瀬崎さんに全てを捧げる。 瀬崎さんの広い背中にしがみついて、その熱い思いを受け止めてひとつになる。 私は生まれて初めて、世界が白く明滅するのを感じた。 直後、瀬崎さんが抱きしめてくれる。 これが…そういう事なんだ… だけど、瀬崎さんはまだ止まらない。 優しく私に触れながら、また徐々に動き始める。 その夜、私は何度も何度も白い世界にいざなわれた。 まるで数ヶ月分の愛を伝えるように。
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