挨拶〜神山家へ〜

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挨拶〜神山家へ〜

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 挨拶〜神山家へ〜 ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ その夜、私は、実家に電話をした。 明日、話があるから帰宅する事。 瀬崎さんと嘉人くんも一緒に連れて行く事。 それだけで、母は、何の話か察したらしい。 何も言う事なく、電話を切った。 翌日、私は、迎えに来てくれた瀬崎さんの車で、実家に向かう。 片道一時間のドライブ。 嘉人くんは、後ろの席で楽しそうにずっとおしゃべりをしていた。 実家に到着し、私たちは居間ではなく、仏間に通された。 座卓の前、上座に父と兄、下座に瀬崎さん、嘉人くん、私。 母は、お茶を入れて来て、間に座る。 「先日は、お正月にも拘らず押しかけて、 申し訳ありませんでした。 今日は、改めて、お願いに上がりました。」 私は、姿勢を正した。 「夕凪さんと結婚させてください。 お願いします。」 瀬崎さんが頭を下げ、私もそれに習う。 すると、キョロキョロと左右の私たちを見た嘉人くんも、ぺこりと頭を下げた。 「頭を上げてください。」 兄が言う。 「夕凪は、それでいいんだな?」 兄に問われて、私は「はい」と頷いた。 すると、父が、 「覚悟はできてるんだな。」 と確認する。 覚悟… 妻になる覚悟。 母になる覚悟。 醜聞に晒される覚悟。 「はい。」 私が答えると、父は瀬崎さんに向かって言う。 「こんな至らない娘ですが、私にとっては、 誰よりもかわいい娘です。 どうか幸せにしてやってください。」 「はい!」 瀬崎さんは迷いなく、返事をしてくれた。 その直後。 「夕凪先生は、僕が幸せにする!」 「えっ!?」 嘉人くんのかわいい宣言に、全員が一瞬息をのんで、その後、笑みをこぼした。 「ありがとう。 嘉人くんが幸せにしてくれるの?」 私が尋ねると、 「うん! 僕、夕凪先生にいっぱい優しくして もらったから、今度は僕が優しくして あげる。」 と真っ直ぐに見上げて言われた。 「ふふっ ありがとう。期待してるね。」 そこへ美晴が駆け込んで来た。 「ああ! 嘉人くんだぁ!」 「こら、美晴! お客様だぞ!」 兄が美晴を窘める。 「ごめんなさい… 」 しょんぼりうなだれる美晴の姿は、なんだかかわいい。 「美晴ちゃん、こんにちは!」 嘉人くんが嬉しそうに挨拶する。 「あのね、あのね、美晴ちゃん!」 嘉人くんは立ち上がって、美晴の所へ行き、手招きして耳元で内緒話を始めた。 「ええ! ほんと? やったぁ!」 美晴は小躍りせんばかりに喜んでいる。 「嘉人、何、言ったんだ?」 瀬崎さんが尋ねると、 「僕がね、美晴ちゃんの従兄弟になるよって、 教えてあげたの。」 と嬉しそうに答えた。 瀬崎さんの妹さん夫婦には、新婚だという事もあり、まだ子供はいない。 つまり、どちらも従兄弟がいなかったのに、突然同級生の従兄弟が出来ることになったんだから、嬉しいのは当たり前かもしれない。 「みぃちゃん、 嘉人くんとお庭で遊んでおいで。」 私が言うと、 「行こ!」 と2人で外に出て行った。 子供たちがいなくなるのを見計らって、兄が言う。 「夕凪の新しい学校は同じ市内なんだろ? 人の目を考えたら、少し離れたほうが いいんじゃないか?」 私は瀬崎さんと顔を見合わせる。 「実は、私、東京の採用試験を受けようと 思ってるの。」 瀬崎さんが事情を説明してくれる。 「夕凪、東京で子育てするの?」 母が心配そうに言う。 「うん。 瀬崎さんがそうしたいなら、私はそれを 叶えてあげたいと思う。 私には何もできないけど、せめて、足枷には なりたくないから。」 私がそう言うと、父は、 「幸人くんは大変な事に立ち向かおうと してるんだ。 お前は精一杯支えてやりなさい。」 と言ってくれた。 母は、まだ納得してはいなさそうだったけど、それ以上は何も言わなかった。 私たちは、お昼にお寿司と母の手料理を食べて、実家を後にした。 嘉人くんと美晴は、名残惜しそうだったが、従兄弟になるんだから、またすぐに会えると言うと、それでようやく納得してくれた。
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