2学期へ向けて

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2学期へ向けて

・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 2学期へ向けて ・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・:・:・:*:・ 夏休みも後半に入り、2学期の授業準備に入った。 授業計画をし、教材を準備する。 その合間を縫って、運動会の準備をする。 1〜2年生で踊るダンス。 毎年、各学年の年の若い先生に押し付けられる、もとい、任せられる重要な仕事だ。 今年は、私と2年生の森先生とで曲を決め、振りを考える。 低学年は子供の好きなアニメの曲を選曲した。 振りが決まると、武先生、坪井先生を含め、1〜2年生の先生4人で練習をする。 教室の机を下げて、冷房を入れて、練習開始。 教室に冷暖房完備の時代でよかった。 10年前なら、体育館で汗だくで踊らなきゃいけなかったから。 課題提出日を過ぎると、宿題のチェックに入る。 夏休みの宿題は、各家庭の色が出る。 子供だけで、なんとなく出す子。 明らかに保護者の手が入っている子。 ほぼ保護者がやったと思われる子。 こんなの宿題の意味あるのかなと、正直思わなくもない。 国語の時間の文章と夏休みの感想文の出来が明らかに違うのに、賞状はその子がもらう。 図工の絵は普通なのに、夏休みの絵は、構図からして全然違う。 でも、賞状はその子がもらう。 夏休みの賞状は、お母さんのアルバイト代なの? ま、今さらだけど。 そんな日々を過ごしていた夏休み最後の金曜日、また武先生に食事に誘われた。 どうしよう? 瀬崎さんには、2人で食事に行って欲しくないって言われたけど、断るのも角が立つしなぁ。 そうだ! 「森先生、坪井先生、一緒にお食事いかが です? 夏休みももう終わりですし、運動会へ向けて、 決起集会って事で。」 私は、2人きりを避けるために2年生の先生を誘う。 森先生は、初任で先月23歳になったばかりの女性の先生。 坪井先生は57歳の大ベテランの女性の先生。 子供さんは2人ともすでに成人してるらしい。 「あ、いいですね。 行きたいです。」 即座に明るく返事をする森先生。 坪井先生も、 「晩御飯、作って来なかったから、 どうしようかなぁ。 ま、たまにはお弁当でも食べてもらおうかな。」 とあっさり同意した。 すると、武先生は、全員を送迎してくれると言ってくれた。 しかし、坪井先生は、ご主人に送迎してもらい、森先生も実家住まいなので、お母さんに送迎してもらうとの事。 結局、私だけ、送迎してもらう事になった。 今日、やってきたのはチェーン店の居酒屋。 私たちは、とりあえずビールで乾杯する。 「ぷはぁぁ… おいしい〜!!」 仕事の後のビールがおいしいと思うようになったのはいつからだろう。 「ふふっ 親父臭いですよ、神山先生。」 森先生に指摘されるが、気にしない。 「私はもういいんですよ。 森先生みたいに、若くてかわいければ、もう 少し取り繕いもしますけど、私はもうすぐ 28ですから、今さらかわいこぶってもねぇ。」 私はそう言いながら、枝豆を口に運ぶ。 「ええ!? 神山先生、めっちゃかわいいじゃないですか? 子供たちもそう言ってますよ?」 優しい森先生はそうフォローしてくれる。 「ふふっ 子供に言われてもねぇ。 どうせなら、あと20年経って、イケメンな 大人になってから言って欲しいなぁ。 あ、でも、その頃、私47歳かぁ。 ふふふっ あり得ないなぁ。」 私がそう言うと、坪井先生が割って入る。 「私から言わせたら、23も28もまだまだ 小娘よ。 せいぜい頑張りなさい。」 「あ、坪井先生は旦那様とどうやって 知り合ったんですか?」 私は興味深々で尋ねる。 「うち? うちは同期よ。 初任者研修で出会ったの。」 「ええ!? 初任研かぁ。いいなぁ。」 「なんで? 初任研じゃなくても、教科研とか 職場恋愛の出会いのチャンスはいろいろある でしょ?」 と坪井先生。 「教科研かぁ。 誰も寄ってきてくれないなぁ。」 私がぼやくと、森先生が言った。 「寄って来なければ、寄っていけば?」 「え? 私から? 無理、無理。」 「なんで?」 「そういう目で見た事ないから、誰に寄って いけばいいか分かんない。」 「くくっ 夕凪先生は、鈍いですからね。」 武先生が言う。 「鈍くありませんよ! 武先生、私の事なんて知らないじゃ ありませんか。」 私がふくれると、坪井先生の矛先が武先生に向く。 「神山先生より、木村先生でしょ。 いいお相手いないの?」 「残念な事に… 」 「ええ!? 木村先生、かっこいいのに。 好きな人はいないんですか?」 と森先生。 「いますよ。 でも、いくら口説いてもなびいてくれないん ですよ。」 「ええ!? 武先生でもそんな事、あるんですか?」 びっくり。 武先生なら、選り取り見取りだと思ってたのに。 「どんな人なんですか?」 森先生は興味深々。 「どんなって、そうですねぇ。 一生懸命でかわいくて、でも、ちょっと鈍い 人ですかね。」 「へぇ。 木村先生のそういう話、初めて聞きました。 ずっと浮いた話なんてなかったでしょ?」 と坪井先生。 「ずっと片思いしてますから、噂になりようが ありませんよ。」 武先生は、飄々と答える。 「そうなんですか? いつから、思ってるんです?」 と森先生は、机に身を乗り出して聞く。 「んー、僕がまだ30歳の頃からですよ。」 「え!? 武先生、今、おいくつですか?」 「先週、37になりました。」 え!? 「武先生、お誕生日だったんですか?」 「はい。」 「言ってくださいよ〜。 そしたら、お祝いくらいしたのに。」 私が言うと、 「もうめでたい歳でもありませんから。 でも、夕凪先生が祝ってくれるなら、明日でも 大歓迎ですよ?」 とまたふざける。 「休日に私に祝われても嬉しくないでしょ? その好きな方は誘わないんですか?」 「誘ってるのに、 気付いてもらえないんですよ。」 「どういう事です?」 森先生はさっきから目が輝いてる。 恋バナが1番楽しい年頃だもんね。 「僕が勇気を出して誘っても、いつも冗談だと 思われて本気にしてもらえないんですよ。」 「ええ!! かわいそう。 なんでなんですか?」 「それは、僕が聞きたいです。 超鈍いだけかもしれませんけど。」 木村先生でも、想いが通じなくて切ない思いをする事があるんだ。 モテモテで、女に困らない人生だと思ってたのに。 「それって、同業者? なんなら、お世話しましょうか?」 と坪井先生のお世話好きの血が騒ぎ始める。 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。 嫌われてはいないと思いますから、気長に いきますよ。」 「デートには誘ったんですか?」 と坪井先生は迫る。 「誘ってますが、デートだと思われてないん です。 きっとただの飲み会とか食事会だと 思ってますね。」 「ええ!? 武先生に誘われてるのに? ほんとに鈍いんですね、その人。」 と私が言うと、武先生は笑い始めた。 「くくっ そうなんです。超鈍いんですよ。 でも、そこもかわいいんですけどね。」 と惚気る。 「やだ。木村先生、ベタ惚れですね。」 と森先生が冷やかす。 「そりゃ、いい大人が、伊達に6年以上、 片思いしてませんから。」 「それは余程、素敵な方なんでしょうね。」 と坪井先生。 「はい、とても。」 武先生にそんな風に思ってもらえるなんて、幸せな人だなぁ。 そのあとは、森先生の彼氏の話や、坪井先生の馴れ初めなどを楽しく聞きながら、過ごした。 そうして、9時過ぎ、坪井先生のご主人が迎えにいらして、坪井先生が帰り、その後、森先生はお母さんじゃなくて、彼氏が迎えに来た。 どうも行きはお母さんで帰りは彼氏にお願いしてたらしい。 今から、彼氏とデート。いいなぁ。 そんな森先生を見送って、私は代行を呼んだ武先生に送ってもらう。 今日は、楽しくて少し飲み過ぎたみたい。 ちょっと、足元がふらつく。 それにすぐに気付いた武先生が、肩を抱いて支えてくれた。 「すみません。 大丈夫ですから。」 私はやんわりと武先生を断って自分で歩こうとするけど、まるでケーキの上を歩いているように、地面がふわふわする。 「心配ですから、これくらいさせてください。」 武先生は、しっかりと私の肩を抱いた。 申し訳ない。 武先生には、ちゃんと想う人がいるのに。 私たちは、後部座席に乗り込んで、私のアパートに向かう。 武先生は、車を降りて、私の部屋まで連れてきてくれた。 「本当にありがとうございました。」 私が玄関でお礼を言うと、 「じゃあ、お礼に、明日付き合ってください。」 と言われた。 ん? どういう事? 「俺の誕生日デートです。 いいですよね?」 は!? 武先生、好きな人は? 「あの、そういうのは、好きな人を誘った方が いいと思いますよ。 私なんかとじゃ、行く意味がないでしょ?」 私は酔った頭で一生懸命、答える。 「だから、好きな人を誘ってます。 いい加減、そろそろ、気付いて欲しいん ですが。」 武先生は、私の肩を抱いたまま言う。 「またまたぁ。 武先生、私をおもちゃにして遊ぶのは、 やめてくださいよ。」 笑いながら、私はバッグの中の鍵を探す。 武先生は、その手をやんわりと抑えて、バッグを覗き込んで俯いている私の額にキスを落とした。 え!? 驚いた私が顔を上げると、そこには優しく微笑む武先生がいた。 「俺はずっと本気ですよ。 夕凪先生が好きです。 明日、10時に迎えに来ます。」 武先生は、そう言い残して、車へと戻っていった。 どういう事?
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