7月

2/5
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
「ただいまぁー……。あー、暑っつい!」 時刻は午後18時。この時間になれば、昼間よりかは多少は涼しくなると思っていたが、学校から帰ってきた兄は汗だくだ。 「外、そんなに暑いの?」 「昼間と比べたらそうでも無い。でも、歩いているだけで汗かいちゃうなあ。俺、元々汗かきだから」 確かに、今帰って来たばかりの京吾は汗で髪の毛が濡れてしまっているし、通学リュックを背中に羽織っていたせいか、シャツが汗で背中に張り付いてしまっている。 「やー、でも、やっぱり家は涼しいな。麦茶も美味しい」 「ずっと冷房付けてたから」 「もうシャワー浴びちゃおっかな。汗で気持ち悪い」 そう言うと、京吾はさっさと洗面所に向かって行った。 (そっか、もう本格的に夏になったんだ) 6月の梅雨の時期は、ほとんど雨が降っていたような気がする。その間も、余程の事が無い限りは咲久もほぼ毎日家に来た。 今年の夏休みには、どこかへ旅行に行けるだろうか。多分、毎年恒例の海水浴には行くかもしれない。 (そういえば、学校から夏休みの課題も配られるよね) この長期休みの憂鬱と言ったら、これだろう。休みが長い分だけ、多く出る。課題帳、日記……。希輝が中一の時は、これ以外にもあった気がしたが、希輝はどれも手をつける事が出来なかった。 中一の一学期が終わる前、その日は、自分の部屋から出る事さえも苦痛だった。それでも、中学校は必ず通わないといけないと思っていたので、時間が早く進んでいく中、のろのろと制服に着替えていた。 行きたくない、行きたくない。と、まるで呪いみたいに心の中で呟きながら、ワイシャツに袖を通す。 家を出る時間になっても降りてこない希輝の部屋に、今日は出勤時間が遅かった母が入ってきた。その時の部屋の惨状は、酷い有様だった。 沢山何かを言われた気がしたが、まるで頭に入ってこない。頭が痛いだとか、学校を休む口実を考えていた筈なのに、それすらも口に出せない。 それから、段々学校には行けなくなった。 最初は少しづつでも勉強をしていたのに、今では全くしない。やろうと思えば出来る筈なのに。 中一の一学期から、今日まで何にも手をつけていない。本当に間に合うのか。このまま何もせずに、駄目な人生を迎えるんじゃないのか。 授業を受けていない間の時間が惜しい事は分かっていたし、シャーペンすら持とうとしない自分にも嫌気が差していた。それなら、勉強をすればいいだけの話なのに、何故出来ないのか。漢字一文字、一つの式の計算をするだけでもいい。それすらも出来ないのは、だらけているだけなのではないか。 ここまで自分を責めて、どうすれば良いか分かっているのに出来ないというのは、最早重病なのでは、とまでも思えてくる。 塾にも行った事があるが、勉強をするという空間が息苦しくて、ストレスになったのでやめた。本当に下らない。塾というのは勉強をする場所であるし、勉強がストレスなんて、大体は誰にでもある事なのに。 (本当に、自分は駄目な人間だな) 希輝は、この先の自分の将来が怖かった。 特になりたい職業も夢も無く、何もしないまま時間だけが過ぎていく。何かを欲する事も無く、誰かに必要とされる事も無い。それなら、いっそ死んでしまった方が楽だろう。 死んだらそこで人生終わり。生きていくだけで、何かに苦労したり、傷付いたりを繰り返すのなら死んだ方が楽だ。 (……と、何度も考えたけど) 死に方は色々ある訳で、なんなら今直ぐに死ねる方法も沢山あるが、大体が物凄い痛みを伴うし、痛みが無いように死ぬには何か準備が必要で、準備している間に死にたい欲望が薄れてしまったら無駄になる。 (あれ……?) 希輝は、今でも変わらずにリストカットをしているが、それも刃物で手首等を切るのだから当然痛い。それじゃあ、何故そんな事をしているのかと言うと、ストレス発散の為、辛い事の其の場しのぎの為、もしくは、生きていたいためだ。 死んで楽になりたいと思っている癖に、リストカットをして生き延びる。死ぬ時の痛みは怖いと思っている癖に、リストカットの痛みでストレス発散をする。 (色々矛盾している……) 何で自分はリストカットをするのだろう。死にたいと思っているのに。いっそ、縦に切ったら大量出血で死ねるかもしれないのに、それだってしたことが無い。何か一つでも、自分が気付かないだけで生きていたい理由があるのだろうか。 こんな事ばかり考えていても、疲れるだけだ。京吾は、まだ風呂場に居るみたいなので、エアコンを消してから二階へ上がった。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!