7月

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「って、色々考えてみたんですけど……」 「うん」 「これから先、大丈夫なのかなって」 「……」 今、希輝はいつもよりも食器が多い夕飯の後片付けをしている途中だ。その希輝の横で麦茶を飲んでいるのが碧だ。 食器を洗っている途中、「喉が乾いたって言ったら、勝手に飲んでいいって言われたから」と降りてきた。 (なんかデジャブ……) この前から、勉強の事についてうだうだと悩んでいた。母に話すと色々長くなってうんざりするし、京吾にもあまりこういった話を持ち出したくない。父とは元々何かを話したりする事が無いので、希輝の相談相手ではない。 と、なると、家族に話せる人は居らず、かと言ってこのままずっと悩みを抱えているのも嫌だと思っている時、京吾が二度目のお泊まり会に碧を連れてきた。 何故、希輝に直接関わりの無い碧に相談に乗って貰おうと思ったのか。それは以前泊まりに来た時、希輝の傷だらけの手首を見てその傷を隠す為の物を教えてくれたからだ。今まで希輝の手首を見てきた知り合いは、びっくりしてマジマジと見てきたり、何があったのか根掘り葉掘り聞いてきたり、こういう事はしてはいけないと説教ばかりで、希輝は誰かに手首を見られる事が苦痛だった。それに対し、初対面の碧からあの様な対応をされて、「何だこの人」とびっくりしたものの、正直結構嬉しかったのだ。 物珍しくせず、嫌悪感も抱かないと言うことは、碧も自傷癖があったのか、それとも身近にそういう人がいたと言う事だ。自分の事を理解してくれるような人の気がして、希輝は初めて他人に安心した。だから、このもやもやも碧には話せる気がしたのだ。 元々、碧は口数が少なく、加えて希輝も人付き合いが得意では無いので気不味くなる時がありそうだが。 「つまり、希輝くんが不安に思ってる事は……。あ、希輝くんで良い?」 「あ、全然何でも」 「希輝くんが不安なのは、今のままで受験に間に合うのかって事」 「……はい」 実はもう一つ思っている事もあったが、そこまで言うのは流石に烏滸がましいと思ったので黙っている事にした。 「大丈夫」 「はい。……え?」 「大丈夫」 大丈夫とは、一体何が大丈夫なのか。中学三年生位から始めても間に合うということなのか、高校なんか行かなくても人生が終わる訳じゃないということなのか……。いや出来れば高校には行きたいんだけど。 「俺が中学ん時も居た。そいつはずっと一、二年不登校で、三年になったら通うようになった。あ、クラスじゃなくて不登校生とかそれ用の教室に」 「そうなんですね」 希輝も中一の頃から不登校になったので、碧の中学時代の頃に居た人と似た様な状況だ。 「そいつは今、良いとこの高校行ってる。ここら辺じゃ一番頭が良い所」 「えっ、凄いですね……」 「まぁ本人も凄く努力したと思う。たった三年間とはいえ、授業にも出てない初めて見る課題を一人でやってたから。元から頭が良かったのもあると思うけど」 「凄い……。でも、三年間分の勉強、それも難しい問題をたったの一年くらいで終わるんですか?」 「これは俺が中学ん時に通ってた塾の先生から教えて貰った話だけど、中学校三年間分の勉強なんて、十日間ぶっ通しでやれば終わるらしい」 「えっ」 「びっくり?」 「びっくりです……」 「勿論、理解出来るのは基礎くらいだし、寝ないで本気でやればの話だから。まぁそういうのって意外とどうとでもなっちゃうもんだ。一番偏差値の高い高校に態々行かなくったって、どっかの職業に着くことは出来るだろうし。高いとこの高校に行きたいならそれなりの努力が必要だけど」 なんだ。そうなんだ。 碧の言葉を聞いて、希輝は今まで抱えていた心配事が和らいだ気がした。 ずっとこのままでは、底辺の高校に行く事になり、更には浪人生を送ってしまうのではないかと不安だったが、碧の話で本当に何とかなってしまうような気がした。 「有難う御座います。今のを聞いて安心しました」 「こんなアドバイスで良ければ。てか、何で俺に相談しようと思ったの?京吾先輩の方が話しやすくない?」 「逆にお兄ちゃんだから心配かけさせたくなかったんです。それに、碧さんに聞いて正解でした。碧さんこそ、他人も同然の僕なんかの悩みを聞いてくれて有難う御座いました」 「……希輝くんの事、先輩から色々聞いてたから。力になれて俺も嬉しい。じゃあ、先輩も待ってる事だし戻る。あ、お茶有難う」 「あ、いえ……。おやすみなさい」 「おやすみ」 意外と話しやすい人だったなー、と希輝は思った。 此方から一方的に話していても、ちゃんと耳を傾けていてくれるし、希輝の欲しい言葉をくれる。何でもかんでも碧を相談相手にする訳では無いが、希輝に味方をしてくれる人が出来たみたいで嬉しかった。 とは言え、勉強の件に関してはそれならこのままサボっていても良いという訳ではないし、偏差値の低い高校が悪い訳ではないが、そこそこ高い所を希望しているので、一文字一問でもコツコツとやっていこうと決意した。
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